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鳥越淳司|「白くて四角いものだけがおとうふではない」ザクとうふが生んだ豆腐業界革命

相模屋食料株式会社代表取締役社長・鳥越淳司さんの書籍『「ザクとうふ」の哲学』を紹介する記事のアイキャッチ画像

「とうふとガンダムですか……」

広告代理店の担当者は、困惑を隠せませんでした。2011年、鳥越淳司さんが「ザクとうふ」の構想を相談したときのことです。頭の中には完成形がありありと浮かんでいるのに、相手には全く伝わらない。「これは正規戦では無理だ」——。

ならば、と鳥越さんは方針を変えます。お酒の席でも、商談のついでの雑談でも、「いつかザクのおとうふをつくってみたいんだ」と語り続けました。ガンダムファンが食品業界や小売業にもいた。「面白そうだね」と賛意を示してくれる人が現れ、人を紹介してもらい、また紹介してもらい——やがてガンダムの版権を持つ企業との縁がつながっていきます。

2012年3月、「MS-06ザクとうふ」が発売されます。5000丁売れればヒットとされる豆腐業界で、累計100万丁を突破する空前の大ヒット。おとうふとアニメのコラボという誰も想像しなかった商品が、業界を揺るがします。

本書『「ザクとうふ」の哲学』は、「白くて四角いものだけがおとうふではない」という信念のもと、地場の中堅メーカーを日本最大の豆腐メーカーへと育て上げた鳥越さんの経営哲学の全記録です。


鳥越淳司さんの基本プロフィール

氏名鳥越淳司(とりごえ じゅんじ)
生年1973年、京都府生まれ
学歴早稲田大学商学部卒業
経歴1996年雪印乳業入社→2000年食中毒事件を経験→2002年相模屋食料入社(創業家三女と結婚)→毎夜午前1時から工場でおとうふ製造を学ぶ→2007年33歳で代表取締役就任→2008年業界トップに→2012年「ザクとうふ」100万丁突破→グループ売上高を入社時の約14倍(400億円超)に
主な実績ザクとうふ(累計100万丁超)、マスカルポーネのようなナチュラルとうふ、木綿豆腐3個パック、日本最大規模の豆腐製造工場(第三工場)稼働、救済型M&Aで全国8社をグループ化・黒字化
著書『「ザクとうふ」の哲学』(PHP研究所)

「奈落の底でつかんだもの」——雪印食中毒事件の原体験

鳥越さんがおとうふに人生をかけることになった原点は、雪印乳業にあります。

2000年6月、雪印乳業は大規模な食中毒事件を起こします。被害者は1万4000人以上。鳥越さんは入社4年目の営業社員として、大阪の被害者家庭へのお詫び行脚に向かいます。

チャイムを押し、「雪印のものですが」と名乗って玄関先に立つ。被害に遭ったお子さんが苦しんだとき、親御さんはどれだけ心配だっただろうか——そう想像しながら待ちました。「罵倒されて当然」と思っていた。実際に「どの面をさげてきたんや!」となじられましたが、「言われて当たり前のことだ」と受け止めます。

被害者のお母様が「兄ちゃん、頭を上げて。頑張ってくれたらそれでええんやから」と言ってくださり、鳥越さんは思わず涙を流しました。

一方で、憤りも感じます。報告会議で年配の社員が被害者の方を評して「あーこの人は頑固。何を言ってもダメですわ」などと言うのを聞き、「殴り倒したいほどの激情がわいてきました」と本書には書かれています。

この体験から、鳥越さんは一つの確信を得ます。

「自分が誇っていいのは、自分がやってきたこと、自分にできること、それだけだ」

組織の肩書に乗っかった誇りは、組織が崩れれば消える。被害者の家庭を訪ねるたびに、「工場に行ったのは研修のときだけ」だった自分を恥じ、自分が売っている商品を本当の意味では理解していなかったことを痛感しました。

「今後は私自身、正しく生きる。言い訳できないことはしない」——この誓いが、相模屋入社後の「毎夜午前1時から工場でおとうふをつくる」という行動に直結します。


「ここで土地を買わなかったら、一生このままかもね」——41億円の賭け

2002年に相模屋食料に入社した鳥越さんは、まず工場でおとうふの製造をゼロから学びます。大豆と枝豆が同じ穀物であることも知らず、木綿と絹の違いも知らない状態から出発しました。

しかし鳥越さんには大局観がありました。「おとうふ業界には圧倒的な企業がない。ポテトチップスならカルビー、お醤油ならキッコーマン。おとうふにはそういう存在がない」——この空白こそ、業界が変わるチャンスだと見ていたのです。

そこへ2003年末、一本の電話が舞い込みます。「この土地、買いませんか? 明日までに決めてほしいのですが」——元繊維メーカーの工場跡地、約6000坪の広大な土地の話でした。当時の相模屋は売上30億円程度。計画していた投資額はそれでも無理に無理を重ねた「10億円」でした。ところがこの土地は、それを大きく超える規模です。

義父であり当時の社長の江原寛一は揺れていました。家族も社員も全員反対。妻も「こんな賭けに乗って路頭に迷うわけにはいかない」と言っていました。

しかし鳥越さんは「座して死を待つことにならないか」という危機感を抱いていました。口を挟む立場にないと思いながら、妻に率直に言いました。

「ここで土地を買わなかったら、一生、このままかもね」

そして続けます。「このまま平行線をたどる人生は嫌だ。ずっと変わらない、伸びていくこともない人生なんか、絶対に嫌だ。やるんだったら、ドーンとやりたいなあー」。

義父はこの言葉を受けて、土地購入を決断します。年商30億円の会社が41億円を投じる——当時の年間売上高をも超える巨費でした。本書にはこのくだりに「経営を知らなかったからできた」とある。しかしその後の歴史が、この決断の正しさを証明します。


「今の状態では、生協として生産をお任せできない」——屈辱が品質を変えた

日本最大規模の豆腐製造工場「第三工場」を2005年に稼働させた鳥越さんを待っていたのは、生協からの厳しい言葉でした。

「あなたたちのレベルでは、この大きさの工場は管理できません。いったい何を考えているんですか!」

大規模な自動化工場を見て、生協の担当者は感嘆するどころか懸念を示したのです。機械だけでなく、「人」の管理が問題でした。制度が形骸化していないか、コーナーの隅の隅まで洗浄できているか、服装の乱れが異物混入の原因にならないか——生協の基準はそこまで厳しいものでした。

全社員を集めた朝礼で、担当者が切り出した言葉は「今の状態では、生協として生産をお任せできない」。鳥越さんの顔は青ざめ、一同静まり返りました。

「生協さんと取引することは、『飛行機のパイロット』になったようなものだった」——絶対に事故は起こせない。「これくらいならいいだろ」は絶対に許されない。この基準に向き合ったことが、相模屋の品質管理体制を本物にしました。


「品質への厳格な基準が企業を育てる」という意味で通じる経営者もいます。


「正規戦」と「ゲリラ戦」——ビジネスの2つの進め方

本書『「ザクとうふ」の哲学』でもっとも鮮やかに語られる概念が「正規戦」と「ゲリラ戦」の区別です。

「たとえば、普段の経営者としての私はしっかりと費用対効果を重視します。仮におとうふの製造機械を改良するなら、どれだけ投資すれば、いくら原価を圧縮でき、どれくらいで投資を回収できるか、というシミュレーションを欠かしません。これが正規戦です」

「でも『ザクとうふ』に関していえば、費用対効果はどうやっても見えてきません。つくってみたい。これが『ゲリラ戦』です」

正規戦なら市場調査を論拠に人を動かせます。ゲリラ戦は妄想や個人の思いをベースに、人を巻き込んでいくしかない——だから「企画書」ではなく「意気込み」で動かす。広告代理店経由で版権元に話を通そうとしても、担当者自身が完成品を想像できなければ、誰かに伝えることは不可能です。

だから鳥越さんは、あらゆる場で「ザクとうふをつくりたい」と話し続け、ガンダムを好きな人を探し、共感してくれた人に次の人を紹介してもらい、徐々に版権元へと近づいていきました。

「わけのわからないことをやろうとするときは、心の底がウズウズする感覚を共有してくれる仲間を集めるほうが近道だ」——本書の核心をなす言葉の一つです。


「妄想から始まる」——商品開発の方法論

鳥越さんの商品開発論は、本書を通じて繰り返し登場する「妄想」という言葉に集約されます。

「いまの目の前にある現実から考えてはいけない」——たとえば「冷奴というのはこういうもの」という先入観の中で考えると、当たり前の答えしか出てきません。しかし「今のおとうふの在り方なんて、どれだけでも変えていい」という発想から出発すると、まったく違う像が見えてきます。

「マスカルポーネのようなナチュラルとうふ」は、20〜34歳の女性をターゲットに開発した商品です。女性向けの食品の棚を観察し、マスカルポーネが若い女性に人気だと気づき、「豆乳でクリームが作れるなら、これをミルフィーユみたいに湯葉に挟めば……」と想像が展開します。

「さらさら冷や汁風やっこ」は、スーパーを歩いていて目にしたお茶漬けのあられがヒントでした。おとうふの食文化に「サクッ」という食感を加えられることに大発見を感じ、冷や汁と掛け合わせるアイデアが生まれます。

「私は24時間おとうふのことを考えています。でも、おとうふだけを見ているわけではありません」——視野を広げて全体を捉えることで、「つなげる」瞬間が生まれる。そしてつながった瞬間、それは誰にも想像できなかった商品として結晶します。


「救済型M&A」——業界全体を守るという使命

本書執筆当時の相模屋は業界No.1となり、その後も「BEYOND TOFU」など革新的商品を次々と投入します。しかし鳥越さんの視線は、自社の成長よりも「豆腐業界の未来」へと向かっていきます。

全国で経営危機に陥る豆腐メーカーが増える中、鳥越さんが打ち出したのが「救済型M&A」です。

通常の買収とは異なります。企業名はそのまま残す。相模屋から常駐の人間は送らない。再建企業の「おとうふを作る強み」を活かすことだけに特化する——「数字より先に豆腐の技術を見る」という鳥越さんらしいアプローチです。

「各社を訪れると、それぞれが持っているとうふづくりの技の素晴らしさに気づいた。見た目は古びた機械かと思いきや、職人が操作すると『こんなとうふづくりあるの!』と驚くほどの技術を見せてくれる」——この発見が、再建事業の情熱の源になりました。

豆腐メーカーがなくなるということは、地域に代々伝わってきた製造技術が失われることと同義です。2024年現在、グループ化した8社のうち7社が黒字化に成功しています。


鳥越淳司さんのこだわり

本書『「ザクとうふ」の哲学』を通じて、鳥越さんという経営者の核心が見えてきます。

「差異化とは、一切説明せずとも『一目でわかる』こと」——「弊社のこだわりを一生懸命説明しても、目の前にあるのはよく見る白いかたまりに過ぎず、伝わらない。一瞬で、誰でもわかる形で、競合との圧倒的な違いを打ち出さなければいけない」。第三工場を「魅せる工場」にしたのも、ロボットアームが動く光景が何も説明せずとも「なるほど、すごい!」という納得を生み出すからです。

「なぜそうなっているのか、を考える」——工場の機械を見るとき、商品を見るとき、売り場を見るとき。鳥越さんは常に「なぜその形なのか」「なぜここにあるのか」を問い続けます。「そうなっている理由を知らなければ、次のステップには進めない」。答えがわかれば「ならもっとこうすれば!」が生まれる——この習慣が、木綿豆腐3個パックの発明につながり、工場のフォーマット化につながり、連続したヒット商品につながっています。

「勝ちグセを身につける」——「常に戦い続けること、これが常勝の道だ。勝利は次の勝利を呼ぶ。戦い続けていると、自分も仲間も勝ちグセを身につけている状態を保つことができる」。相模屋が業界で最初に何かを始められるのは、組織全員が「工夫すればなんとかなる」「ウチなら勝てる」と思っているからだと鳥越さんは言います。


鳥越淳司さんゆかりの地

群馬県前橋市(相模屋食料本社・第三工場の地):東京ドームの約半分に相当する約6000坪の敷地に建つ、日本最大規模の豆腐製造工場。22台の産業用多関節ロボットアームが動く「世界初・世界唯一」のシステムが稼働しています。見学に訪れた小売業者が言葉を失うほどの光景——鳥越さんが「最高の営業ツール」と呼ぶ第三工場は、ここから相模屋の躍進が始まった原点です。

大阪・被害者家庭を訪ねた町並み(原点の地):2000年の雪印食中毒事件でお詫び行脚をした大阪の街は、鳥越さんの原点です。「自分が誇っていいのは、自分がやってきたこと、自分にできること、それだけだ」という誓いを刻んだ場所。ここで得た「製造現場を知らなければ売る資格がない」という確信が、相模屋入社後の「毎夜午前1時からの工場修行」につながります。

東京・ガンダム展(ザクとうふ誕生の瞬間):ある日、娘と訪れた東京のガンダム展で、鳥越さんはザクの立体模型を見た瞬間に「このかたちでおとうふができるんじゃないか」と閃きます。四六時中おとうふのことを考えていた頭が、ガンダムと接続した瞬間——本書が「思いつきは、考え続けてきたことの結果」と言う通りの場面です。


鳥越淳司さんから学ぶ、3つの教訓

1. 「正規戦」と「ゲリラ戦」を使い分ける——商品開発の二面性

費用対効果で動く世界と、妄想と情熱で動く世界は、まったく別の論理で進める必要があります。ザクとうふは「ゲリラ戦」だったから、広告代理店経由の「正規戦」を断念し、ガンダムが好きな人を地道に探すアプローチに切り替えた。「これは正規戦か、ゲリラ戦か」というカテゴライズが意識できると、進め方も人の動かし方も変わってくる——あらゆる業種の新規事業立ち上げに応用できる発想です。

2. 「妄想を口にし続けることで、現実が動く」——共感者が道を開く

「いつかザクのおとうふをつくってみたいんだ」と語り続けた結果、食品業界のガンダムファンが現れ、人が人を呼び、版権元へとつながった。「相手が想像できないものは相手に伝わらない」——だからこそ、「正規の経路」ではなく「共感の連鎖」で道を切り開く。このアプローチは、前例のないビジネスを立ち上げる際の本質的な戦略として機能します。

3. 「現実から逆算するな、理想形から逆算せよ」——思考の順序を逆にする

「いま目の前にある現実から考えてはいけない」——これは商品開発にも、工場投資にも、事業戦略にも当てはまります。「おとうふはこうあるべき」という先入観から外れ、「こういうおとうふ屋さんがあれば、スーパーの人も喜んでくれる」という理想から逆算する。そのギャップが大きければ大きいほど「妄想」と呼ばれますが、鳥越さんは「妄想がいいのです」と言い切ります。年商28億円が400億円になった軌跡が、この言葉を証明しています。


この記事で語りきれなかった『「ザクとうふ」の哲学』の魅力

本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。

一つ目は、木綿豆腐3個パックの開発です。「絹豆腐の3個パックはできても、木綿の3個パックはできない」というのが業界の常識でした。鳥越さんが疑問を持ち、社内プロジェクトを立ち上げて1カ月半という短期間で発売。爆発的なヒットを収めます。「圧倒的なスピードにこだわるのは、どこも追いつけない間に形にして、圧倒的な勝ちにこだわるから」——この逸話に相模屋の開発文化の核心があります。

二つ目は、「パックメーカーとの攻防、そして共闘」です。鳥越さんが革新的な工場設計を実現するうえで、既存のパッケージメーカーとの利害が衝突します。交渉、説得、対立、そして最終的に「共闘」へと転じるプロセスが丁寧に描かれており、「大人気ない大人たちの挑戦」と章に名付けられているあたりに鳥越さんのユーモアが光っています。

三つ目は、「おとうふの歴史」を語るあとがきの視点です。遣唐使の時代から現代まで、おとうふの食文化がどのように変遷してきたか——「おとうふの声を聴く」というタイトルのもと、「相模屋は、ただ『おとうふが進む道』のようなものに従っただけなのかもしれない」と語る鳥越さんの謙虚さと使命感が凝縮されています。

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まとめ|鳥越淳司さんが教えてくれること

豆腐の知識ゼロで入社し、毎夜午前1時から工場でおとうふをつくり、41億円の巨費を投じた工場建設を決断し、「とうふとガンダム」という誰も信じなかった商品を100万丁のヒットに育て、業界を救済型M&Aで守る——鳥越さんの経営の底流には常に「白くて四角いものだけがおとうふではない」という問い直しがあります。

「妄想を持て。妄想を口にしろ。共感してくれる人を探せ。現実から逆算するな、理想から逆算せよ」——本書『「ザクとうふ」の哲学』はこのメッセージを、実体験と具体的なエピソードで伝える一冊です。ぜひ手に取ってみてください。


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参考文献:鳥越淳司『「ザクとうふ」の哲学 相模屋食料はいかにして業界No.1となったか』(PHP研究所)