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右田孝宣|サバへの愛を語り3685万円を集めた「サバ博士」のクラウドファンディング起業哲学

鯖や・SABAR代表取締役・右田孝宣さんの書籍『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』を紹介する記事のアイキャッチ画像

口座残高が1万5000円になりました。

2013年、右田孝宣さんは倒産寸前でした。大阪・豊中市でサバ寿司の宅配専門店「鯖や」を立ち上げ、デパートの常設店まで出店したものの、工場の増設など過剰な設備投資がたたって資金が底をついていたのです。

普通ならそこで諦めます。しかし右田さんは違いました。「サバ料理専門店を作りたい」——その一念で、当時日本ではまだ珍しかったクラウドファンディングに賭けます。

サバへの愛を、ありったけ語りました。

「本物のサバの美味しさを多くの人に知ってもらい、日本の食文化、魚文化を守りたい」。その言葉に共鳴した869名から、3492万円が集まりました。2014年1月、とろさば料理専門店「SABAR(サバー)」の大阪・福島店が誕生します。

本書『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』は、高校を留年した不良少年がオーストラリアで経営を学び、クラウドファンディングで起業し、サバ料理専門店を全国展開するまでの軌跡を語った一冊です。「情熱があれば、知名度も実績もなくても資金は集められる」という実証の記録です。


右田孝宣さんの基本プロフィール

氏名右田孝宣(みぎた たかのぶ)
生年1974年9月3日、大阪市生まれ
学歴大阪市立淀商業高校(留年して4年で卒業)
経歴高校卒業後鮮魚店勤務→1997年オーストラリアへ(回転寿司チェーンで工場長・スーパーバイザー)→2000年帰国→2004年居酒屋「笑とり」開業→2007年「鯖や」設立→2013年クラウドファンディングで3492万円調達→2014年「SABAR」1号店開業
主な実績クラウドファンディングで累計1億1680万円を調達。SABAR全国展開、シンガポール出店。「とろさば」のブランド化と「クラウド漁業」によるサバ養殖事業の立ち上げ。自称「サバ博士」
著書『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』(日経BP)

19歳まで魚嫌いだった少年——サバとの出会い

右田さんの少年時代は、決して順風満帆ではありませんでした。

勉強が嫌いで不良グループとつるみ、高校を留年。4年かけてようやく卒業するも、就職もできず、しばらくはほぼ無職の状態でした。そんな右田さんに転機をもたらしたのは、同級生の一言でした。

「水泳のインストラクターなんてチャラチャラしたことせんと、俺の紹介する鮮魚店に勤めろや」

スーパーの鮮魚店で働き始めた右田さんは、最初の仕事でサンマを数えることを命じられます。氷水に手を入れ、一匹ずつ数える。手の感覚がまひし、パンパンに腫れてくる。しかもあとで、その数字はあらかじめ分かっていたことを知ります。新人いじめでした。

それでも辞めませんでした。

ある日、配達先の日本料理店で料理人に「ちょっと食べてみい」と勧められます。茶色い魚の煮付けでした。嫌々食べてみると——。

「え、これなんすか」

カレイの煮付けがあまりにもおいしくて、右田さんは言葉を失います。魚がこんなにおいしいことを、19歳まで全く知らずに生きてきた。それがきっかけで魚にのめり込み、魚に関する本を買い漁り、仕事終わりに毎日魚を買って母親と台所に立つようになりました。


オーストラリアで経営を学んだ3年間

23歳で単身オーストラリアに渡った右田さんは、日系の回転寿司チェーンで働き始めます。入社時は月収8万円ほど。しかし次第に結果を出し、工場長、スーパーバイザーへと昇進。2店舗だった店を13店舗まで拡大させる原動力になりました。

現地の空手道場にも入門し、体力と精神力を鍛える一方、英語の勉強も続けます。「仕事、空手の練習、英語の勉強の繰り返しで、毎日成長しているという実感があって、すごく充実した毎日でした」——本書にはそう書かれています。

3年が経ったころ、社長から「メルボルンに店を出す。その会社の社長になってくれ」と言われます。年収1000万円以上の保証と永住権の取得支援まで提示されました。しかし右田さんはこれを断り、帰国します。「日本でやり残したことがある」という直感でした。

帰国後は一筋縄ではいかない時期が続きます。生命保険の営業、通信会社の飛び込み営業と転々とし、ついに月収3万5000円にまで落ちます。結婚して子どもが2人いましたが、看護師の妻に生活を支えてもらう日々。「このままではいけない」と30歳で一坪20席の海鮮居酒屋「笑とり」を開業します。


「サバ一本でチャレンジしよう」——妻の一言が人生を変えた

笑とりで最も人気を集めたのが、炙ったサバをシャリにのせたサバ寿司でした。遠方からわざわざ来るお客さんも現れ始めました。そのとき妻が言いました。

「本当に美味しいから、鯖一本で頑張ってみたら?」

「鯖一本で会社がどこまで大きくなるかチャレンジしよう」「面白くなかったら辞めよう」——夫婦でそう約束し、2007年に「鯖や」を設立します。

サバを運ぶバイクをサバの形に改造した「サバイク」、移動販売バスの「サバス」、テーマソング「サバババーン」の制作——ユニークなPR活動が話題を呼び、テレビにも取り上げられます。百貨店の催事販売では、1時間半で100本を完売させる実績を積み上げ、大丸梅田店での常設店出店まで漕ぎ着けました。

しかし、工場の増設など過剰な設備投資が経営を圧迫し、2013年には口座残高が1万5000円になる倒産寸前の危機に直面します。


こうした起業の苦労と逆転は、右田さんだけの話ではありません。他の経営者の事例もあわせて見ることで、より深く理解が深まります。


クラウドファンディングで3685万円——「情熱」を武器にした資金調達

右田さんがクラウドファンディングに出会ったのは、その危機の最中でした。

2013年、SABAR1号店(大阪・福島店)の開業資金として、投資型クラウドファンディングサービス「セキュリテ」を使って募集を開始します。目標金額は1788万円。それに対して、最終的には420人から約1800万円が集まりました。

驚いたのは、出資者から届いたメッセージの内容でした。「どのメッセージにもサバへの熱烈な思いが書かれていて、世の中にはこれほどサバ好きがいるのかと驚きました。出資者からの言葉に、どれだけ勇気づけられたか分かりません」。

この体験で右田さんは確信します。「サバ料理専門店は必ず繁盛する」と。

2号店(天満店)、3号店(東京・恵比寿店)の資金もクラウドファンディングで調達し、3店舗分の合計調達額は3685万380円。本書『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』のタイトルはこの数字から来ています。


クラウドファンディングの6つのメリット——資金だけではない価値

本書が整理するクラウドファンディングの価値は、資金調達にとどまりません。

①事前マーケティング——出資者からの反応を見ることで、ニーズを開業前に確認できます。「サバ料理専門店に人が来るか不安だった」という右田さんに、420人の出資という事実が確信を与えました。

②応援者・ファンの形成——出資者は単なる投資家ではなく、サバへの想いに共感した「仲間」です。「この店は私の店ではありません。応援してくれたみんなの店です」という感覚を右田さんは大切にしています。

③PR効果——クラウドファンディングを使った飲食店開業が当時は珍しかったため、テレビ・新聞に何度も取り上げられました。開店前から「サバ料理専門店」の認知が広まりました。

④返済不要の資金——銀行融資と違い、出資金は返済する必要がありません。「目先の売り上げ確保ばかりに意識が向かず、先のビジネス展開を考えられる」という経営的余裕が生まれます。

⑤情熱で資本を得られる——全国的には無名でも、「サバへの思いを熱く語り、未来のビジョンを示すことで、多くの出資者から応援してもらうことができた」。実績や知名度がなくても、熱量で勝負できる手段です。

⑥異業種との縁——クラウドファンディングで注目されたことで、西日本旅客鉄道(JR西日本)など大手企業との提携につながりました。「クラウドファンディングを使っていなかったら、大手企業の担当者と面会することさえ難しかった」と右田さんは言います。


「38」へのこだわり——サバへの愛を全接点で表現する

SABARの店名自体が「SABAR」——「さばー」という愛称であり、38という数字と切り離せません。

メニューはサバにちなんで38種類。価格に380円のメニュー。ランチスタートは午前11時38分。個室を除いた席数は38席。目指す直営店数は38店舗。クラウド漁業で集める目標金額は「いいサバ」万円の語呂で1億1380万円——至るところに38が散りばめられています。

トイレのドアは「男性・女性」ではなく「お殿サバ・お姫サバ」。グラスには「おつかれサバです!」の文字。割り箸にはSABARの刻印。箸袋を折るとサバ形の箸置きになる。コースターとランチョンマットは4種類ずつ用意し、同じテーブルでも一人ひとり変える——会話のきっかけを意図的に作っています。

「しつこいほどにサバ愛をアピールすることで、ようやくお客さんは店を記憶してくれるのです」

これだけ多くの飲食店がある中で差別化するには、あらゆる接点でサバへのこだわりを表現し続けることが必要——右田さんはそう考えています。


「首の皮一枚」の2度目の危機——それでも潰れないと確信した理由

SABARが軌道に乗り始めた2015年、右田さんは再び倒産の危機に直面します。

出店ラッシュに加え、工場を新設して本社機能を移転したため、その年に3億円ほどを使っていました。そこへ、2億円の融資を約束していた銀行が突然「貸せない」と言い始めます。12月29日の支払い期限に8000万円が必要でした。

しかし、この時の右田さんには前回の危機とは異なる心境がありました。「鯖やは潰れない、そうなるはずがないという確信が心のどこかにあった。クラウドファンディングを通して、多くの人から応援されているという実感を得ていたからだと思います」。

支払い期限当日の午前、池田泉州銀行から6885万円、日本政策金融公庫から3000万円の入金がありました。午後に全額で支払いを完了し、倒産を回避。

「またしても応援してくれる人たちのおかげで、首の皮一枚でつながったのです」


「情熱一本で新しい市場を切り拓く」という点で共通する経営者もいます。


「サバの総合商社」を目指して——クラウド漁業への挑戦

右田さんがSABARを作ったのは、単においしいサバ料理を提供するためだけではありませんでした。本書を書いた2016年時点ですでに、より深刻な問題が見えていたからです。

サバの漁獲量が急減しています。1985年頃には80万トン近かった漁獲量が約50万トン以下に。脂の乗った大型サバ(500g以上)は激減し、流通する多くは幼魚です。幼魚を取り続ければ将来の資源を枯渇させる悪循環に陥ります。

「サバが市場に流通しなくなり、飲食店や家庭で食べられなくなる。そんな最悪の事態になりかねません」

そこで右田さんは、クラウドファンディングで1億1380万円を集め、サバの養殖(蓄養)事業に乗り出す「クラウド漁業」を構想します。「情熱を語ることで資金が集められるなら、サバを守るという社会的意義の大きいプロジェクトならなおさら集められるはず」という確信がありました。

右田さんが目指すのは「飲食版SPA」——商品開発から養殖、製造、卸、販売、飲食店経営まで一気通貫で行う「サバの総合商社」です。


右田孝宣さんのこだわり

本書『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』を通じて、右田さんという経営者の核心が見えてきます。

「経営者にはプレゼン力が必要」——本書で右田さんが繰り返す言葉です。知名度がない、実績がない、資金がない——それでも、やりたいことを熱く伝えられれば、資金も人もついてくる。「私たちがSABARを立ち上げた当時に比べると、今はクラウドファンディングを利用する人や企業は増えています。しかし実績がほとんどなく知名度が低い中小企業でも、唯一の武器である『情熱』をアピールして資本を得ることができる点は変わりません」。

「この店はみんなの店」——クラウドファンディングで出資してくれた人への感謝を、右田さんは「店に来ても無料で飲食することはしない。代金はきっちり払う」という形で表します。出資者は応援者であり、だからこそ対等に扱う——この姿勢がファンとの信頼関係を築きます。

「失敗しても、応援してくれる人がいる限り潰れない」——2回の倒産危機を乗り越えた右田さんが得た確信です。倒産の危機でも銀行が救ってくれたのは、クラウドファンディングを通じて「応援されている会社」であることが伝わっていたからだと右田さんは考えています。「情熱を伝え続けることが、最後のセーフティーネットになる」という発想は、資金調達のノウハウを超えた経営哲学です。


右田孝宣さんゆかりの地

大阪・福島(SABAR1号店の地):2014年1月にオープンしたSABARの原点。テレビ局「朝日放送」の近くに意図的に出店し、開店当日の情報番組に取り上げられるという戦略通りの展開を実現した場所です。クラウドファンディングで集めた資金と、869名の出資者の想いが詰まったお店です。

青森・八戸(とろさばの産地):右田さんが「とろさば」と定義した、脂質含有量21%以上・500g以上の大型サバが水揚げされる産地。八戸商工会議所に直談判して「八戸前沖さば大使」に任命されたのも、サバへの愛が人を動かした好例です。漁獲量の減少という危機がクラウド漁業の着想につながりました。

オーストラリア(経営を学んだ地):23歳で単身渡り、回転寿司チェーンで2店舗を13店舗に拡大させた経営の修行の地。仕事・空手・英語を同時に磨いた3年間は、後のSABARの経営手法の礎になっています。「日本でやり残したことがある」と言って社長就任の要請を断って帰国した決断が、その後のすべてにつながりました。


右田孝宣さんから学ぶ、3つの教訓

1. 「情熱は、資金と実績の代わりになる」——知名度ゼロでも1800万円が集まる理由

クラウドファンディングで資金を集めるとき、右田さんが武器にしたのはサバへの愛でした。大手企業でも有名人でもない、大阪の小さなサバ寿司屋が、なぜ420人から1800万円を集められたのか。「サバを危機から救いたい」「本物のサバの美味しさを広めたい」という明確な使命と、それを伝えるプレゼン力があったからです。「実績がほとんどなく知名度が低い中小企業でも、唯一の武器である情熱をアピールして、資本を得ることができる」——これはクラウドファンディングに限らない、起業家の原点です。

2. 「失敗は諦めるためではなく、次の燃料にするためにある」

高校留年、帰国後の月収3万5000円、2回の倒産寸前危機——右田さんの経歴は失敗の連続です。しかしそのたびに「このままでいたくない」という悔しさが次の行動を生んでいます。1万5000円まで口座が減っても「鯖やは潰れない」と確信できたのは、失敗を重ねながらも応援者が増え続けていたからです。「逆境が人に情熱と行動力を与える」という本書のメッセージは、右田さんの人生そのものが証明しています。

3. 「好き」を武器にすれば、差別化は自動的についてくる

サバだけ、38だけ、サバイク、お嬢サバ、サバ博士——右田さんの経営戦略はすべて「サバが好き」という一点から派生しています。サバへの愛がユニークなPRを生み、ユニークなPRがメディアを呼び、メディアが顧客とパートナーをもたらした。「思考軸がサバへの愛にある」から判断が迷わない。好きなことに絞ることが、経営のシンプルさと強度を同時にもたらすのです。


この記事で語りきれなかった『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』の魅力

本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。

一つ目は、東京の大手卸会社への直談判エピソードです。大阪から深夜バスで東京に向かい、「絶対にチャンスをものにする」と意気込んで訪問したものの、担当者には「アポイントって何のことですか?」と言われ、最終的に「もう帰っていいよ」と切り捨てられます。漫画喫茶でシャワーを浴びてバス乗り場を探す右田さんの悔しさと、「この気持ちは決して忘れない」という誓いが生き生きと描かれています。

二つ目は、飯田橋と東京・ある店舗の失敗の話です。「芸能人も多く通っている。好きな女優さんがいた」という理由だけで出店を決め、3カ月・7カ月で閉店。「調子に乗ってしまった」「SABARらしさのない店からは足が遠のいてしまった」という正直な反省は、経営判断の基準として重要な示唆を含んでいます。

三つ目は、「お嬢サバ」の開発と大企業との提携です。鳥取で養殖され、エサに米焼酎粕を使った「お嬢サバ」は寄生虫がつかないため生食が可能という革新的な商品。これがテレビ局殺到のきっかけになり、大手水産会社との業務提携、JR西日本との共同販売へとつながっていく過程が詳しく描かれています。

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まとめ|右田孝宣さんが教えてくれること

高校を留年し、魚嫌いで育ち、口座残高が1万5000円になった男が、クラウドファンディングで3685万円を集め、全国にサバ料理専門店を展開するまでになりました。

その武器は資金でも人脈でも学歴でもなく、「サバへの愛」だけでした。

本書『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』は、クラウドファンディングのハウツー本として読んでもためになりますが、本質はもっと深いところにあります。「やりたいことを伝え続ける力が、経営を救う」という体験的な証言です。

「実績がほとんどなく知名度が低い中小企業でも、唯一の武器である『情熱』をアピールして、資本を得ることができる」——右田さんのこの一文は、起業を志すすべての人への励ましです。ぜひ手に取ってみてください。


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参考文献:右田孝宣『サバへの愛を語り3685万円を集めた話』(日経BP)