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澤田秀雄|18年間赤字のハウステンボスをなぜ1年で黒字化できたのか「運をつかむ技術」の経営哲学

エイチ・アイ・エス取締役会長・澤田秀雄さんの書籍『運をつかむ技術』を紹介する記事のアイキャッチ画像

「18年間赤字が続いています。ぜひ再建を」

2010年、長崎県佐世保市の朝長則男市長がHIS(エイチ・アイ・エス)にそう頼み込んできたとき、澤田秀雄さんは即座に断りました。

雨が多い。商圏人口が少ない。20年で老朽化した設備の維持費が年間20億円。これだけの条件が揃えば、誰だって断ります。しかも6年前にも同じ依頼を断った経緯がある。

ところが澤田さんは最終的に引き受けます。「難問ほど面白い」——これが理由でした。

2010年4月に就任したハウステンボス社長として、澤田さんが取り組んだ改革は半年で効果が出始め、1年後には18年間続いた赤字が黒字に転換します。奇跡とも呼ばれるこの「澤田マジック」の本質は何だったのか。

本書『運をつかむ技術』は、HIS創業からハウステンボス再建までの軌跡と、澤田さんが信じる「運・気・チャレンジ」の哲学を語った一冊です。


澤田秀雄の経営思想を一言で表すと「難問ほど面白い、チャレンジしなければ後悔する」である。失敗を恐れず動き続けることで運を引き寄せ、明るく元気でいることを経営の基本姿勢とする。ハウステンボス再建では「2割増収・2割コスト削減・1.2倍速の仕事」という具体的な数値目標がこの哲学の実践形だった。


澤田秀雄さんはどのような人物か(基本プロフィール)

氏名澤田秀雄(さわだ ひでお)
生年1951年2月4日、大阪府出身
学歴大阪市立生野工業高等学校卒→旧西ドイツ・マインツ大学留学(1973〜1976年)
経歴留学中に旅行ビジネスで資金を稼ぐ→1976年帰国・毛皮輸入業で起業→1980年インターナショナルツアーズ設立(HISの前身)→1996年スカイマーク設立→1999年協立証券買収(現エイチ・エス証券)→2004年HIS会長→2010年ハウステンボス社長就任・半年で黒字化→2019年ハウステンボス会長→現在HIS取締役会長として活動中
主な実績HIS創業により格安航空券・旅行市場を開拓。ハウステンボスを18年赤字から1年で黒字化。モンゴル・ハーン銀行再建。九州産業交通グループ再建。「変なホテル」(ロボットによる接客)の開発
著書『運をつかむ技術』(小学館)ほか多数

なぜ澤田秀雄はハウステンボス再建を引き受けたのか

2度断った依頼を3度目に受けた理由を、澤田さんはこう語っています。

「難問ほど面白い」

同時に、現実的な判断もありました。もしハウステンボスが閉鎖されれば、九州の観光は大きな打撃を受ける。HISは観光事業で育ててもらった会社として、その恩返しができる——という思いです。

引き受けるにあたって澤田さんは市長に3つの条件を提示しました。「3年頑張ってダメなら撤退させてほしい」「しばらく固定資産税をカットしてほしい」「行政が多方面で協力してほしい」。事業再建は総力戦でなければ難しい、という信念からです。

本書『運をつかむ技術』に書かれたこの「引き受けの判断」には、澤田さんの経営スタイルの核心があります。リスクを把握した上で、「やらずに後悔するより、やってみる」という選択。旅の途中で生死の境をさまよった体験から得た「やればわかる、命までは取られない」という確信が、この瞬間にも生きていました。


「無料でもダメ」——なぜハウステンボスは入場料を下げると客が増えなかったのか

ハウステンボス再建で澤田さんが最初に試みたのは、入場料の無料化でした。夕方17時以降の入場を無料にすれば、人が集まって活気が出る。そう考えたのです。

ところが結果は完全な失敗でした。入場者数はほとんど増えなかった。

「まったく入場者は増えなかった。大失敗だ。そんな馬鹿な、という思いだった」

本書『運をつかむ技術』にはそう書かれています。

この失敗から澤田さんは重要な教訓を得ます。テーマパークは値段で来るのではなく、中身で来る

「まずい食べものには1円も払いたくない。しかし経験したことのないおいしさであれば、ある程度払っても納得がいく。テーマパークもそれとよく似ている」

そこで方針を転換します。700万球のイルミネーションで「光の王国」を作り、建物の壁に3D映像を投射するショーを用意し、閉鎖していたショップを再オープン。夜にしか楽しめないアトラクションを充実させた後、入場料を無料から1000円に値上げ。なんと、値上げするたびに客数が増えていきました。現在では夕方以降のみ入場の場合、大人2800円に設定されています。

「中身がなければたとえ無料でもダメ。行っても何もない、楽しくないのなら、タダでも行かない」——この原則はすべてのビジネスに通じます。


「経費2割カット、1.2倍速の仕事」——なぜ澤田秀雄は具体的な数字で指示したのか

増収策と並行して、澤田さんが断行したのは徹底的なコスト削減でした。

目標は「2割の増収と2割の経費カット」。これが同時に達成できれば、18年続いた赤字を黒字に転換できると計算していました。

コスト削減には明確な優先順位がありました。花はやめてしまおうか——そう考えた時期もあります。しかし実際に花で満たされた場内を自分で歩いてみて、「これは続けるべきだ」と確信。仕入れ価格の交渉を重ね、コストを大幅に削減しながらも花は残しました。

一方で削れない部署や案件もある。そこで澤田さんが提示したのが「1.2倍速の仕事」です。

「1時間かけていた仕事は45分、50分で行う。広大な場内を移動するスピードを2割上げる」

澤田さん自身が電気自動車で広大な敷地内を移動し、スピード感をもって動くことを身をもって示しました。システムの自動化、不要な警備のカメラへの切り替え、照明のLED化——できることをすべてやりきる。

さらに重要な施策が「音楽の充実」でした。場内に音楽を積極的に取り入れ、エンターテインメントとしての雰囲気を高める。無形のサービスが空間の価値を変えることを、澤田さんは旅の経験から知っていました。


こうした「場の空気を変える」ことを経営の中心に置いた経営者の事例は他にもあります。


「勝ち戦を知らない社員たち」——なぜ18年赤字は負け癖を生んでいたのか

再建で澤田さんが最も苦労したのは、設備でも資金でもなく「社員の意識」でした。

18年間、何をやっても黒字にならない。何人社長が替わっても変わらない——この体験が組織に「どうせダメだ」という空気を染み込ませていました。

澤田さんはハウステンボスに着任した最初のスタッフ全員集会でこう語りかけます。

「皆さん、何のためにテーマパークをやっているか分かりますか。お客さんに喜んでもらい、感動を与え、楽しんでもらう素晴らしい仕事です。世の中のためになっているのだから、自信を持って仕事してください」

そして「たとえ本当は大変でも、嘘でもいいから無理やり明るく元気に楽しく振る舞い、挨拶を欠かさないようにしてほしい」と訴えました。

「明るく、楽しく、元気でいることの価値」——これは本書『運をつかむ技術』の重要テーマです。失敗して落ち込むことは誰にでもある。しかし暗い表情のままでは新しいアイデアも生まれない。失敗した後でも無理やり明るく振る舞うことで、次の突破口が見えてくる——小さな改善が積み重なり、やがて「勝ち戦」を体験した社員たちは自信を取り戻していきました。

「自信がつけばすべてが変わる」——この言葉が、ハウステンボス再建の本質を表しています。


なぜ澤田秀雄はHISを机二つ・電話一本から始められたのか

ハウステンボス再建の話が有名ですが、澤田さんがそこに至るまでの道のりも、本書『運をつかむ技術』に詳しく描かれています。

旧西ドイツのマインツ大学留学中、アルバイトで稼いだ資金を元手に50カ国以上を旅した澤田さんは、日本との物価差に気づきます。コーヒーが日本の半額、毛皮はさらに格安——これが最初のビジネスの種でした。

1976年に帰国、東京・新宿に「机二つ、電話一本」で毛皮輸入業を始めます。しかしワシントン条約の発効で毛皮の輸入が制限され、事業は頓挫。それでも事務所の家賃は払い続けなければならない。半ば仕方なく、格安航空券の販売を始めます。

「本当は旅をビジネスにするつもりはなかった。趣味を仕事にしたくなかった」と澤田さんは書いています。しかし「背に腹は代えられない」と始めた格安旅行事業が、後のHISになりました。

最初の半年は週に1〜2人しか客が来ない日が続きました。そこで澤田さんが没頭したのが読書でした。「本が先生」——参考書を読み漁り、知識を吸収し、商品を磨いていきます。やがてバブル期の海外旅行ブームが来たとき、HISは爆発的に成長します。

「旅は予想外のことばかり。しかし、その予想外を楽しめた者が成功する」——この旅の哲学がそのままビジネスの哲学になっていました。


「運は自力で変えられる」——澤田流「運をつかむ技術」の核心とは

本書のタイトルでもある「運をつかむ技術」。澤田さんはこれを精神論ではなく、実践的な行動原則として語っています。

第一は「チャレンジし続けること」です。「打席に立たなければ打率は上がらない」——チャレンジしなければ運と出会うことすらできない。澤田さんがHISを始めたのも、スカイマークを立ち上げたのも、ハウステンボス再建を引き受けたのも、すべて「やってみなければわからない」という確信から来ています。

第二は「明るく・楽しく・元気でいること」です。「ネガティブな人に近づくな」「嘘でもいいから明るく振る舞え」——澤田さんが繰り返すこの原則には根拠があります。元気な人のそばにいると気分が良くなり、新しいアイデアが浮かびやすくなる。逆に暗い人に引っ張られると、判断力も発想力も落ちる。これを澤田さんは「気」と呼びます。

第三は「得意淡然、失意泰然」という姿勢です。中国の陽明学の教えで、安岡正篤が好んだ言葉——うまくいっているときはあっさりと、うまくいかないときはゆったりと構えよ。大成功しても慢心せず、大失敗しても卑屈にならない。この均衡感覚が、長い経営者人生を支えています。

「旅がすべてを癒してくれる」——行き詰まったときは旅に出る。見知らぬ土地で予想外の体験をすることで、固まりかけた思考がほぐれる。澤田さんにとって旅は趣味であると同時に、経営の思考リセット法でもありました。


澤田秀雄さんのこだわりとは?

本書『運をつかむ技術』を通じて、澤田さんという経営者の核心が見えてきます。

「死の恐怖を経験したから怖いものがなくなった」:留学中の旅でアフリカを旅行した澤田さんは、激しい食あたりで生死の境をさまよいます。異国で知人も日本語も通じない中、動けない状態になった体験から「後悔するくらいならチャレンジするべきだ」という確信を得ました。「少々失敗しようが、命までは取られない」——この原体験がすべてのチャレンジの原動力になっています。

「ひとつのことを極める」:金融事業に自ら乗り出して痛い目を見た経験から、「あれもこれもチャンピオンを目指すやり方はうまくいかない」という教訓を得ます。モンゴルのハーン銀行再建では経営のトーンだけを担い、具体的な経営は銀行プロに任せた——自分が本当に得意なことに集中し、専門外は専門家に委ねる。この姿勢が複数の事業再建を成功させた要因です。

「変な人間を採用せよ」:「魚を運ぶとき、水槽に一匹ナマズを放り込んでおくと緊張感が生まれて魚が体力を保つ」——澤田さんが企業の均質化を防ぐために提唱する採用論です。同じカラーの人材ばかりが集まると組織は変化に対応できなくなる。あえて会社のカラーと違う人間、異業界出身者、ある意味「めちゃくちゃな人物」を入れることで、組織に免疫力が生まれます。


澤田秀雄さんゆかりの地とは?

ハウステンボス(長崎県佐世保市):澤田さんが社長就任中はホテルに居住し、住民票も佐世保市に置いていた再建の舞台。サンタクロースに変装して園内を歩き回り、子どもたちにお菓子を配る——そのエピソードが本書の冒頭を飾ります。「澤田サンタクロース」として笑顔を集めながら現場を歩き続けた姿が、社員の意識を変えていきました。現在はHISが売却し、澤田さんは退任しています。

東京・新宿西口(HIS創業の地):1976年、帰国した澤田さんが「机二つ、電話一本」で毛皮輸入業を始めた場所。毛皮からやむなく転換した格安航空券の販売が、後の日本最大級の旅行会社HISの出発点になりました。「お客様も、取引先も、私もハッピーになれる仕事がある」という確信をドイツで得た澤田さんが、その実践の場を置いた街です。

旧西ドイツ・マインツ(経営の原点):1973年から3年間留学した地。アルバイトで稼いだ資金を元手に50カ国以上を旅した体験が、「旅は人生の教師」という澤田さんの哲学の根幹を作りました。コーヒーや毛皮の価格差に気づいてビジネスを始め、アフリカで死の恐怖を経験し、「後悔するよりチャレンジ」という確信を得た——すべてがこの留学中に生まれています。


澤田秀雄さんから学ぶ、3つの教訓とは?

1. 「中身がなければ無料でもダメ」——価格より価値を先に作れ

ハウステンボス再建の「無料化失敗」が教えるのは、価格戦略より顧客価値が先だという原則です。「格安」で成功したHISのノウハウがテーマパークでは通じなかった——この失敗を素直に認め、方針を転換したことが再建の転換点でした。業種が変われば、成功の方程式も変わる。「自分の成功モデルが通用しない世界がある」と認識できる謙虚さこそが、次の成功への扉を開きます。

2. 「明るく・楽しく・元気でいること」は経営戦略である

18年間の敗北感で染まった組織を変えたのは、設備でも資金でもなく「気の変革」でした。「嘘でもいいから明るく振る舞え」——これは精神論ではなく、組織の行動を変える実践的な指示です。リーダーが明るく元気でいることで周囲の気が変わり、新しいアイデアが生まれ、顧客に伝わる。「自信がつけばすべてが変わる」という言葉が、ハウステンボス再建の本質を表しています。

3. 「チャレンジしなければ、運とも出会えない」——打席に立ち続ける者が打率を上げる

毛皮輸入業の失敗、証券業への参入失敗——澤田さんは成功より多くの失敗をしてきた経営者です。しかし「打席に立たなければ打率は上がらない」という確信で行動し続けた結果、HISとハウステンボスという二つの奇跡が生まれました。難問は面白い。失敗したらやり直せばいい。命にかかわるか、法に触れないかさえチェックして、あとは動く——この行動哲学が「運をつかむ技術」の核心です。


この記事で語りきれなかった『運をつかむ技術』の魅力とは?

本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。

一つ目は、「ハウステンボスは日本の縮図」という視点です。18年間赤字だったハウステンボスが、バブル崩壊後の日本経済の縮図だと澤田さんは指摘します。「収入が少ないのに多額の非効率な経費を見逃している——ちょうど税収の倍以上の予算を使わざるを得ない政府の財政のようだ」。テーマパークの再建が国家論につながるこの視点は、澤田さんの思考の射程の広さを示しています。

二つ目は、「変わり続けることこそが価値」という企業論です。「大企業、歴史ある企業が生き残るのではない。時代の変化についていける企業が生き残る」——かつて世界を席巻したゼネラルモーターズもコダックも破綻した。恐竜も環境に合わなくなったから滅びた。この普遍的な法則を認識しながら、HISもハウステンボスも「変化し続ける組織」を目指してきたことが語られます。

三つ目は、スカイマーク創業と証券業への参入という「苦い経験」です。「プロゴルフのトーナメントに、いきなりアマチュアが紛れ込んだくらいの話だった」——金融の素人が証券業を自ら経営しようとして痛い目を見た体験から、「ひとつのことを極める」という教訓を得ます。この失敗があったからこそ、ハーン銀行再建では経営を専門家に委ね、自分は経営哲学のみを担う役割分担ができました。

📚 [運をつかむ技術(小学館)を読んでみる]


まとめ|澤田秀雄さんが教えてくれること

「難問ほど面白い」——2度断ったハウステンボス再建を3度目に引き受けた理由は、この一言に尽きます。

18年間誰も解けなかった問題に挑み、半年で黒字化を達成した「澤田マジック」の本質は、特別な魔法ではありませんでした。「無料でもダメ」という失敗を認め、「2割増収・2割経費削減・1.2倍速」という具体的な数字を掲げ、「嘘でもいいから明るく」と社員の意識を変える——これらを愚直にやり抜いただけです。

「旅は人生の教師」——ドイツ留学中に50カ国を旅した澤田さんが身につけた「予想外を楽しむ力」が、すべての経営判断の根底にあります。本書『運をつかむ技術』は、チャレンジを迷っているすべての人への、最もシンプルなメッセージです。ぜひ手に取ってみてください。


よくある質問

Q: ハウステンボスはなぜ18年間黒字化できなかったのですか?
A: 開業当初から雨の多い立地と小さな商圏人口というハンデを抱え、過剰投資による高い維持費が重くのしかかっていました。何人社長が替わっても「負け癖」が組織に染み込んでおり、コスト削減と集客増加を同時に達成する戦略と、社員の意識改革が組み合わされるまで黒字化が実現しませんでした。

Q: 澤田秀雄さんの「運をつかむ技術」とは具体的に何ですか?
A: チャレンジし続けること、明るく元気でいること、得意淡然・失意泰然の精神で均衡を保つこと——この3つが核心です。「打席に立たなければ打率は上がらない」という考えのもと、リスクを把握した上で行動を止めない姿勢が、長期的に運を引き寄せる技術だと澤田さんは言います。

Q: 澤田秀雄さんのおすすめの著書は何ですか?
A: 本書『運をつかむ技術』のほか、HIS創業から成長の軌跡を語った『HIS 机二つ、電話一本からの冒険』(日本経済新聞社)も読まれています。ハウステンボス再建の詳細な経緯はダイヤモンド・オンラインの連載記事でも読むことができ、本書と合わせて読むと理解が深まります。


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参考文献:澤田秀雄『運をつかむ技術 18年間赤字のハウステンボスを1年で黒字化した秘密』(小学館)