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「こんなにうまい豚は食べたことがない! どこで買えるの?」
友人が口にしたこの一言に、宮治勇輔さんは答えられませんでした。父親が丹精込めて育てた豚。バーベキューで食べた友人たちが感動している。しかしその豚肉は、流通に乗った途端に他の豚と混ざり合い、誰が育てたかも、どこに売られているかも、家族には一切わからない状態でした。
「スーパーの2倍の値段で、自分の名前をつけて、直接お客さんに届ける」——そう決意した宮治さんは2005年に慶応義塾大学卒業後に就職したパソナを退社し、湘南の実家に戻ります。翌年、株式会社みやじ豚を設立。「バーベキューで起業する」という一見突飛な戦略で、2年後には神奈川県トップブランドに押し上げました。
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』は、「農業は6K産業(きつい・汚い・かっこ悪い・くさい・稼げない・結婚できない)だ」という常識をひっくり返し、「一次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にする」と掲げて農業変革に挑んだ30代の記録です。
宮治勇輔の経営思想を一言で表すと「生産者が価格の決定権と顔を持ち、消費者と直接つながることで、農業をプロデュースの仕事として魅力あるものに変える」ということだ。メルマガとバーベキューだけで宣伝費ゼロ、口コミで全国の一流レストランが取引先になるまでの軌跡が、その証明だった。
目次 表示
- 宮治勇輔さんはどのような人物か(基本プロフィール)
- 「答えられなかった一言」——なぜ養豚農家のこせがれが農業変革を決意したのか
- 「収入月3万円のバーベキューで起業する」——なぜ養豚農家が飲食業でスタートしたのか
- 「値段はスーパーの2倍、安売りはしない」——なぜ生産者が価格を決めることが農業変革の核心なのか
- 「お客さんは友だちです」——なぜ「お客様は神様」より「友だち」と呼ぶのか
- 「農業のリアリティを取り戻す」——なぜ消費者を農業に巻き込まなければならないのか
- 「農家のこせがれネットワーク」——なぜみやじ豚だけの成功では不十分なのか
- 宮治勇輔さんのこだわりとは?
- 宮治勇輔さんゆかりの地とは?
- 宮治勇輔さんから学ぶ、3つの教訓とは?
- この記事で語りきれなかった『湘南の風に吹かれて豚を売る』の魅力とは?
- まとめ|宮治勇輔さんが教えてくれること
- よくある質問
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宮治勇輔さんはどのような人物か(基本プロフィール)
| 氏名 | 宮治勇輔(みやじ ゆうすけ) |
| 生年 | 1978年、神奈川県藤沢市生まれ |
| 学歴 | 慶應義塾大学総合政策学部卒業 |
| 経歴 | 慶応SFC卒業→株式会社パソナ入社(4年間)→2005年退社、帰農→2006年株式会社みやじ豚設立・代表取締役→2009年NPO法人農家のこせがれネットワーク設立・代表理事CEO就任 |
| 主な実績 | みやじ豚を2年で神奈川県トップブランドに育成。2008年農林水産大臣賞受賞。2009年著書出版・NPO設立。2010年地域づくり総務大臣表彰個人表彰受賞。テレビ東京「カンブリア宮殿」ほかメディア多数出演。年50本以上の講演活動 |
| 著書 | 『湘南の風に吹かれて豚を売る』(かんき出版) |
「答えられなかった一言」——なぜ養豚農家のこせがれが農業変革を決意したのか
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』のプロローグは、2004年のスターバックスから始まります。
「社会人2年目、朝の勉強に使っていたスターバックスで、天啓が降りてきた」
農業とは無縁だったサラリーマン生活の中で、農業関連の本を読むうちに2つの問題が見えてきたといいます。ひとつは「生産者に価格の決定権がないこと」、もうひとつは「生産者の名前が消されて流通されていること」。
農家が育てた豚は農協のルートに乗った途端、他の農家の豚と混ざり合います。切り身にパックされたら、誰が育てたか判別できない。値段も農家が決められない。消費者との関係も見えない——これが農業の「リアリティが消えた」原因だと宮治さんは分析しました。
「農業の定義を変えたらどうだろう。農業とは、『生産からお客さんに届けるまでを農家が一貫してプロデュースすること』と定義した途端、農業が魅力的に見えてきたんです」
「一次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にする」——この一言を、宮治さんは出会う人すべてに必ず伝えるようになります。本書を通じて何十回も登場するこのフレーズが、みやじ豚というブランドの土台です。
「収入月3万円のバーベキューで起業する」——なぜ養豚農家が飲食業でスタートしたのか
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』で最も驚く展開が、起業の方法です。
2005年にパソナを退社した宮治さんが最初に始めたのは、バーベキューイベントでした。近所の観光果樹園を借り、友人・知人を誘い、父親と弟が育てた豚を自ら焼いて食べてもらう。1回30人で月12万円——それが最初の収入計画でした。
「バーベキューを思い立ったときも、『バーベキュー場をつくるぞ』ではなくて、何も持たない僕がどうしたらバーベキューができるか考えた」
設備投資なし、新たに買うものもなし。借りられる場所を借り、地域の農家の野菜や酒屋のお酒を使う。「必要があれば、その都度買えばいい、借りればいい。それが、みやじ豚の商売の仕方だ」と本書には書かれています。
宣伝はメルマガのみ。「宣伝には1円もかけない」のが原則です。当初850人だったメルマガ会員は、口コミだけで9000人近くに成長しました。「メール1本で通常100人、最大200人が集まる。みやじ豚なら、それだけで十分だった」
このバーベキューが思わぬ効果を生み出します。参加者の中から、一流レストランの関係者、大使館員、メディア関係者が現れ、取引先や掲載機会が自然に広がりました。「いつのまにか取引先が増えた印象だ」という言葉が、口コミの威力を表しています。
「値段はスーパーの2倍、安売りはしない」——なぜ生産者が価格を決めることが農業変革の核心なのか
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』が繰り返す主張の核心が、価格の決定権です。
従来の農業では、生産者は農協を通じて出荷するだけ。価格は相場で決まり、自分ではコントロールできません。「同じ豚肉でも、農家によって育て方が違う。かけてる手間暇が違う。それなのに、名もなき豚として、他の豚肉と同じ販路に乗っている限り、値段も同じにするしかない」
みやじ豚がとった戦略は逆でした。スーパーの2倍の値段で売る。スーパーや量販店とは取引しない。販路はバーベキュー・ホームページ直販・飲食店のみ——「みやじ豚の価値を守るにはこの方法が最適だ」と宮治さんは言います。
「規模はいらない、理想は家族経営」も本書の重要な主張です。大規模化・効率化ではなく、家族経営の小ささを強みとして活かす。生産量が少ないからこそ希少価値が生まれ、直販の管理が可能になり、顧客との関係が築けます。
父親がバーベキュー参加者の「おいしい、おいしい」という声を聞いてほほ笑む顔を見た瞬間、「僕がやろうとしていることは間違っていない」と確信した——このエピソードが、みやじ豚ブランドの原点です。
「お客さんは友だちです」——なぜ「お客様は神様」より「友だち」と呼ぶのか
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』の商売観を最もよく表すのが、「お客さんは友だちです」という言葉です。
「お客様は神様です」という言葉に「いまいちピンとこない」と宮治さんははっきり言います。「農業ではこちらのほうが、しっくりくる」。
バーベキューに来てくれる人は、友人から誘われて来る人がほとんど。生産者である宮治さんと直接会い、豚の話を聞き、一緒に食べ、「おいしい!」と言ってくれる。「次は友人や家族を誘ってきてもらう。消費者と『顔の見える関係』をつくるうえで、これ以上の機会はない」
この「友だち」として接するお客さん観が、バーベキューのスタイルにも表れています。乾杯前に宮治さんが必ず宣言するのはみやじ豚の理念——「生産からお客さんに届けるところまでを農家が一貫してプロデュースすることで、6K産業を3K産業にします」。商品と一緒に理念も売る。「友だち」だから理念を共有できる。その共感が口コミの原動力になります。
「ファンを作ることで業界の常識を覆した」経営者の事例は他にもあります。
「農業のリアリティを取り戻す」——なぜ消費者を農業に巻き込まなければならないのか
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』の第4章は、農業の現状分析として読み応えがあります。
1970年に1035万人いた農業就業人口は、2008年に299万人まで減少。しかもその60%以上が65歳以上——これが宮治さんが危機感を持った数字です。
「農業にリアル感がない。原因は明らかだ。都市には農業の現場がない。土がない、畑がない」
資本主義の「規模の拡大・効率の最優先」という考え方が、農家と消費者の間に深い溝を作りました。スーパーに行けば何でも買える時代に、農業は「消費者が関わらなくてもいいもの」になってしまった。
宮治さんが提案するのは「農業のリアリティを消費者に取り戻す」ことです。バーベキューで生産者と顔を合わせる、自分の食べる野菜を育てた農家と話す、市民農園で自分で野菜を作る——「大切なのは、農業の問題を少しでも意識してもらうこと」。
みやじ豚のバーベキューを「単に豚肉を売るのではなく、物語を売る。物語を売るよりも、体験を売る。ここまでして、ようやくストーリーがお客さんに伝わる。伝わるからこそ、お客さんは口コミを広げてくれる」と本書には書かれています。
「農家のこせがれネットワーク」——なぜみやじ豚だけの成功では不十分なのか
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』の後半は、2009年に設立したNPO法人「農家のこせがれネットワーク」の話に移ります。
「僕の夢はあくまでも日本の農業を変革し、3K産業にすること。うちだけが成功しても不十分」
みやじ豚の成功は「湘南の、みやじ豚だけのもの」ですが、「人や土地、文化などあらゆる地域資源を生かしてファンづくりをするという意味では、全国に広く応用が利く」と宮治さんは考えます。
農家のこせがれネットワークは、若い農業者や農家のこせがれたちが「同じ想いをもった仲間」と繋がれる場です。「高齢者ばかりの地域では同じ目線で語り合える仲間がいない。そのせいで、志を持つ仲間たちに飢えていた」という農業の孤立を解決します。
「農家のこせがれであることをカミングアウトする人が増えてきた」——子どもの頃、農作業を「友だちに見られるのが恥ずかしい」と思っていた若者たちが、胸を張って「自分は農家のこせがれだ」と言えるようになっていく。「やっぱり俺、農家になってよかった」と思う農家の親が増えていく——この変化こそが、宮治さんが本当に追いかけていた成果です。
2009年3月の設立発表会では、「3か月で設立発起人を1000人集めます」と打ち出し、わずか3か月で1060人を集めました。会場には200人の参加者と30のメディアが集まりました。
宮治勇輔さんのこだわりとは?
本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』を通じて、宮治さんという経営者の核心が見えてきます。
「人脈づくりではなく種をまく」:宮治さんは「人脈づくり」という言葉に違和感があると書いています。「人脈を広げる時間があったら、一人の時間をつくって、自分の強みを伸ばすなり、やりたいことを見つけるなりしたほうがいい」。宮治さんが言う「種をまく」とは、出会う人すべてに同じフレーズ「一次産業を3K産業にする」を伝え続けること。種さえあれば、後は語るだけで人を集める力になる——9000人のメルマガ読者も、この「種まき」から生まれました。
「等身大を貫く」:「みやじ豚バーベキューはみやじ豚だからうまくいったんでしょ?」という声に、宮治さんはこう返します——「あなたの地域にも、その地域に適したモデルが必ずありますよ」。みやじ豚の成功を「自分だけに通用する特別なもの」として自慢するのではなく、横展開可能なモデルとして語る。この等身大の姿勢が、農業変革の仲間を集める求心力になっています。
「朝の勉強習慣」:パソナ在籍中、宮治さんは毎朝5時半起床を習慣にしていました。「起業するには周りと同じ頑張りではだめだ」という意識から始め、「知識が夢をつくる」という確信へ。農業の本を読んだことで農業への問題意識が生まれ、スターバックスでの「天啓」につながります。「実現させたい夢を何十と書き込んだ手帳を開き、自分の将来に思いを巡らせた」——この習慣が宮治さんの土台です。
宮治勇輔さんゆかりの地とは?
神奈川県藤沢市(生誕地・活動拠点):みやじ豚の養豚場と毎月のバーベキューイベントが行われる場所。「農家が点在するのんびりとした田舎の町」であり、同時に農業産出額が神奈川県4位という農業が盛んな土地でもあります。近所の観光果樹園を借りたバーベキュー会場が、「湘南の地域資源を生かす」ブランド戦略の舞台になっています。
六本木(農業実験レストラン「六本木農園」):2009年8月、農業の対極にある六本木に「農家のこせがれネットワーク」が参画するレストランをオープン。「音楽にたとえるなら、八百屋はレコード店で六本木農園はライブハウス、農家のこせがれがそのステージで自分の想いと味を伝える」と宮治さんは表現しています。都市と農村をつなぐ実験の場として機能しました。
パソナ(転換点の場所):「いつかは起業!」という夢を持ちながら4年間働いた場所。「早くも入社2年目の9月には実家に戻る決意をしていた」という状態で、それでも腹を固めるのに4年かかった。「答えはその人の中にある」というコーチングの知識を知りながら、自分のことになると時間がかかった——この正直な告白が、同世代の読者に響きます。
宮治勇輔さんから学ぶ、3つの教訓とは?
1. 「定義を変えれば、農業は魅力的になる」——問題の本質を変えることで解決策が見える
「生産者に価格の決定権がない」「生産者の名前が消される」——この2つを問題の本質と定義した瞬間、農業プロデューサーという概念が生まれました。「農業とは生産からお客さんに届けるまでを農家が一貫してプロデュースすること」と再定義することで、農業が魅力的に見えてきた。問題の本質を見抜いて定義を変えることが、業界変革の最初の一歩です。
2. 「宣伝費ゼロ、口コミだけで9000人を集める」——本物の商品と体験が最強のマーケティングだ
「みやじ豚はおいしいこと。バーベキューが楽しいこと。このシンプルさがみやじ豚の礎」——Amazonのレビュアーもこう書いています。宣伝費をかけなくても、本物の体験を提供すれば口コミが広がる。メルマガとバーベキューだけで、一流レストランを含む50店舗以上の取引先が自然に生まれました。「お客さんは友だちです」という関係性の中で、口コミは自発的に広がります。
3. 「自分だけの成功では不十分。仲間の成功が本当の変革だ」——個人の成功をプラットフォームに変える
みやじ豚が成功しても、農業全体は変わらない。「NPO農家のこせがれネットワーク」を設立し、「実は僕も、こせがれなんですよ」とカミングアウトする農業者の仲間を増やしていく——自分のブランドを守ることと、業界全体を変えることを両立させた。自分の成功モデルをオープンにして仲間を増やすことが、社会変革への近道だと宮治さんは実践で示しています。
この記事で語りきれなかった『湘南の風に吹かれて豚を売る』の魅力とは?
本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。
一つ目は、「弟の一言が事態を好転させた」エピソードです。「絶対継がない」と宣言していたはずが、タッチの差で弟が先に帰農していた。「仕方なく僕は親父と弟が育てた豚をブランド化するべく活動を開始した」——結果として兄が営業・プロデュース、弟が生産という完璧な役割分担が生まれました。「失敗したらまた会社に戻ればいいじゃないか」とは思わなかったという覚悟の言葉も印象的です。
二つ目は、「部位別販売で直販比率を上げる」戦略の話です。豚肉は部位によって人気に差があります。ロース・バラは売りやすいが、モモやウデは人気がない。そこで「モモは生ハムに、ウデはジャーキーに」と付加価値をつけて販売する。これによって農協ルートに頼る割合を下げ、直接取引の比率を高めるという計画が本書で紹介されています。
三つ目は、「ナナハチ世代」という概念です。1978年以降生まれの世代を宮治さんは「ナナハチ世代」と呼び、「社会問題を解決するために起業する」世代だと定義します。金でも地位でもなく、社会変革への使命感で動く若者たち——本書の最終章「夢を描くための8の法則」は、この世代へのメッセージとして書かれています。
📚 [湘南の風に吹かれて豚を売る(かんき出版)を読んでみる]
まとめ|宮治勇輔さんが教えてくれること
「おめえの言っていることは理想論だ」——帰農した直後、地元の農業関係者にそう言われた宮治さんは、数年後に「神奈川のトップブランドはみやじ豚だな」と同業者から認めてもらえるようになりました。
理想と現実の乖離に悩みながらも「やってみないとわからないことだらけだ。つまり、やってみれば、わかる」という姿勢で動き続けた記録が本書『湘南の風に吹かれて豚を売る』です。
「一次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にする」——このフレーズは、農業だけの話ではありません。「自分の仕事を誰かに誇れるか」「自分の商品をお客さんに自信を持って届けられるか」——すべての仕事人への問いとして読むことができます。ぜひ手に取ってみてください。
よくある質問
Q: みやじ豚バーベキューはなぜスーパーに置かないのですか?
A: 「生産頭数が少ないので、希少価値を高めるために」という理由に加え、「誰が買ってくれたのかを把握できる」「みやじ豚の価値を守れる」ことが直販にこだわる理由です。量販店では他の豚肉と同じ棚に並べられ、生産者の名前も育て方の違いも伝わりません。バーベキュー・ホームページ直販・飲食店のみという限定的な販路が、希少性とブランド価値を守っています。
Q: 「農家のこせがれネットワーク」とは何をする組織ですか?
A: 就農間もない農家や農家のこせがれが自律するためのマーケティングとブランディングを支援するNPO法人です。全国の若い農業者が「同じ志を持つ仲間」と繋がれる場として機能し、農家へのリスペクトが溢れるコミュニティを作ることを目的としています。「農家のこせがれであることをカミングアウトする人が増えてきた」という変化が、一つの成果です。
Q: 宮治勇輔さんがパソナから農業に転身した理由は何ですか?
A: 農業関連の本を読むうちに「生産者に価格の決定権がない」「生産者の名前が消されて流通している」という2つの問題を発見し、「農業をプロデュースの仕事として定義し直したら魅力的に見えてきた」ことが転身の理由です。父親の育てた豚を食べた友人が「どこで買えるの?」と聞いたときに答えられなかった体験が「農業の問題を自分ごとにした」直接のきっかけでした。
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参考文献:宮治勇輔『湘南の風に吹かれて豚を売る』(かんき出版)
