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井手直行|「ビールに味を!人生に幸せを!」8年連続赤字のヤッホーブルーイングを変えたくだらないけど面白い経営哲学

ヤッホーブルーイング代表取締役社長・井手直行さんの書籍『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』を紹介する記事のアイキャッチ画像

「これ、うまい!」

スキー場で、頭に雪を積もらせながらビールを売っていた男がいました。

1997年、軽井沢の広告代理店を辞めてヤッホーブルーイングに転職したばかりの井手直行さんは、「よなよなエール」を売るためになんでもやっていました。スーパーの店頭で試飲販売。地元のスキー場での露天販売。それでも、売れません。

創業から8年連続で赤字。社員は次々と去っていく。会社はお通夜のような雰囲気。誰も笑顔がなく、陰では悪口が飛び交う——。

その後、楽天市場の棚から見つかった一通の手書き手紙が、すべてを変えます。

現在、ヤッホーブルーイングはクラフトビールメーカーとして国内シェアトップ。「よなよなエール」「インドの青鬼」「水曜日のネコ」は全国のコンビニに並び、年間数千人が集まるファンイベント「超宴(ちょううたげ)」は社員もファンも一体になる場として知られています。

本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』は、どん底から這い上がった一人の「まじめをこじらせた男」の、真剣で笑えるビール屋の物語です。


井手直行の経営思想を一言で表すと「くだらないけど面白い戦略で、社員もファンもチームになる」ことである。仮装して表彰式に登場し、全員をニックネームで呼び合い、部署名を「ハッピーお届け隊」にする——ふざけているように見えて、その根底には「まじめをこじらせた真剣さ」が一貫して流れている。


井手直行さんはどのような人物か(基本プロフィール)

氏名井手直行(いで なおゆき)
生年1967年、福岡県久留米市生まれ
学歴国立久留米工業高等専門学校(高専)電気工学科卒業
経歴大手電機メーカー→環境アセスメント事業会社→バイクで旅へ→軽井沢に移住・広告代理店営業→1997年ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社→2004年楽天市場店長を志願・ネット通販でV字回復→2008年代表取締役社長就任→現在も社長
主な実績楽天市場「ショップ・オブ・ザ・イヤー」9年連続受賞。クラフトビールメーカー国内シェアトップ。「よなよなエールの超宴」など大型ファンイベントの成功。ニックネーム「てんちょ」として広報活動でも注目される
著書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)

「パチンコ帰りの留守番電話」——なぜ井手さんはビールの会社に入ったのか

本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』の冒頭に書かれた入社の経緯は、「熱い志」とはほど遠いものです。

高専を卒業して電気メーカーに就職し、理想と現実のギャップに打ちのめされて退職。バイクで旅に出て「人が好き」「自然が好き」という自分の軸を見つけ、縁もゆかりもない軽井沢に移住。広告代理店で営業を始めた頃、お客さんとして出会ったのが当時若き星野リゾートの代表・星野佳路さんでした。

「今度うちでビール事業をやるから手伝って」

断っていた井手さんが入社を決めたのは、パチンコから帰ってきたら留守番電話に星野さんの声が入っていて、「さすがに断ったら失礼かな」と思ったから。醸造所の建設現場を見学して胸が躍ったから。

「理由は三つあります。一つ目は、星野に興味がある。二つ目は、家から近い。三つ目は、ビールが好き」——おもしろそうならやってみる、というだけで入社を決めた、と井手さんは正直に書いています。


「地ビールブームの終焉」——なぜ8年連続赤字は起きたのか

本書が正直に描くのは、「よなよなエール」が売れなかった時代の生々しい内幕です。

1997年の創業直後、「地ビール」ブームに乗って売上は伸びました。しかしそれは、「クラフトビール文化を広めたい」という使命とはかけ離れた需要でした。「観光で来たついでに飲んでいる」——リピートしてくれる人が少なかった。

ブームが終わると売上は急落します。人が去り、雰囲気は悪くなり、「この個性的な味が悪い」という声が社内で出始めます。でも井手さんは「大手のマネをしても悪くなることは明白だった」と振り返ります。

「営業と製造のなかでいがみ合いが始まりました。犯人捜しです。誰も面と向かっては言わない。何か決まろうとすると気のない返事をする。会社は、ずっとお通夜のようでした」

本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』のこの部分は、多くの読者が「うちの会社にも似た経験がある」と感じる場面です。業績が下がると、人の心が変わっていく。希望があれば小さな問題は笑い飛ばせても、業績が下がると誰もが「犯人」を探し始める——これは、組織の普遍的なパターンです。


「棚の奥の手紙」——なぜ一通の手書きの手紙がすべてを変えたのか

転機は2004年、倉庫の棚の整理をしていた時に訪れます。

ロッカーの奥から、一通の手書きの手紙が出てきました。楽天の三木谷浩史さんからの、出店の礼状でした。1997年に楽天に出店していたものの、ほぼ開店休業状態で放置していたのです。

本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』にその瞬間の感情が書かれています。

「楽天は2000年には上場していて、2004年の夏頃はプロ野球の球団を立ち上げようとしていた。かたや飛ぶ鳥を落とす勢い、こっちはつぶれそうな会社って、なんなんだろう。しかも、僕と三木谷さんは年齢が2〜3歳しか変わらない」

悔しくなった井手さんは、楽天の担当者に連絡します。長年熱心に電話をかけ続けてくれていた担当者の林亜紀子さんは「ようやく話を聞く気になってくれたんですね?」と笑って迎えてくれました。

楽天のネットショップ初心者向け講座に通い、メルマガの書き方やトップページの作り方を学び、学んだことをひたすら愚直に実践する——。2005年から会社全体の売上が3年連続で30%以上アップ。「まじめをこじらせた」井手さんが本領を発揮し始めます。


「ふざけているようで真剣な」メルマガが熱烈なファンを生んだ

ネット通販が軌道に乗り始めた後も、井手さんがこだわり続けたのは「ただの通販サイト」にしないことでした。

メルマガに書いたのは、商品の宣伝ではなく、自分のプライベートの話、スタッフの日常、ビールへの愛——読んでいて楽しい文章でした。

「あなたのプライベートの話は聞きたくない」「ふざけた文章が気に入らない」と何度も厳しいお叱りのメールをくれた女性のお客様がいました。井手さんはそのたびに真剣に謝り、真意を伝え続けます。

あるとき、その女性の友人が「でも、この人も頑張っているんだからわかってあげなよ。それがファンっていうものだろ」と話したことで、女性の気持ちが変わりました。

数年後、その女性が星野リゾートに宿泊すると知った井手さんは、わざわざ星野リゾートの制服を着てレストランで待ち伏せ。メッセージカードをテーブルにそっと置き、グラスにビールを注いで——お客様は驚きと感動で目に涙をためました。

「こんな方だったのか」と井手さんもウルウルしてしまった——本書のこの場面が、「てんちょ」という人間の本質を表しています。商品を売るためではなく、「よなよなエールが好き」という一人の人間と向き合うことが、熱烈なファンを生むのです。


「ファンとの絆を経営の中心に置いた」という点で重なる経営者の言葉も参考になります。


「それはちょうどいい!」——なぜ逆境を前向きに変換する言葉が組織を救ったのか

本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』の中で最も印象的な言葉の一つが「それはちょうどいい!」です。

コンビニに出荷した「よなよなエール」が大量に売れ残り、コンビニ側から「在庫を引き取ってほしい」という連絡が来た。通常のメーカーなら大事件です。しかし当時の上司(星野佳路さん)は「それはちょうどいい!引き取ることで、コンビニのバイヤーさんは印象を持ってくれる。そこから始まる関係がある」と言ったのです。

「最悪の事態をも、なぜかうれしそうに変換する言葉」——これがヤッホーブルーイングの文化の核心です。困難なことが起きても、怒ったり嘆いたりするより「ちょうどいい、これはどう活かせるか」と考える癖がつくことで、組織の空気が変わります。

井手さんが社長就任後に取り組んだ「チームビルディング」も同じ発想から来ています。「人は、得意なことを仕事にすると最も輝く」——社員一人ひとりが「いままでどんな仕事をしているときが面白かったか」を語り合い、強みを活かせる場所を見つけることで、組織全体の雰囲気が変わり始めました。


「まじめをこじらせよう、真剣にふざけよう」——なぜ仮装して表彰式に現れるのか

井手さんが楽天市場の「ショップ・オブ・ザ・イヤー」を受賞した授賞式で、宇宙人のインベーダー姿で登壇したのは有名なエピソードです。

「ふははは!なぜインベーダーだとわかった!」と叫んだ。内心はドキドキで「追い出されるかもしれない。楽天の方に迷惑をかけるかもしれない」と思いながら。

でも理由があります。「知ってもらいたくて、体を張って広報しているのです」——何十人もの受賞者が登壇する式典で、ヤッホーブルーイングの名前を記憶してもらうための真剣な行動です。

全員がニックネームで呼び合う。部署名が「よなよなエール広め隊」「ハッピーお届け隊」「ヤッホー盛り上げ隊」。これも「役職名でなくさん付けで呼ぼう」より、「ニックネームのほうがもっと距離が縮まる」という論理から来ています。

「くだらないけど面白い」——この言葉が本書のサブタイトルにある通り、ヤッホーブルーイングの戦略はすべて「ふざけているように見えるが、その根底には真剣な意図がある」のです。


井手直行さんのこだわりとは?

本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』を通じて、井手さんという経営者の核心が見えてきます。

「ビジョンを一言で言える言葉を作る」:「ビールに味を!人生に幸せを!」——もともとよなよなエールのキャッチコピーだったこの言葉を、会社のミッションに据えました。「画一的な味しかなかった日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化を創出する。そして、ビールファンにささやかな幸せをお届けする」という長い文章を、社員全員が日常の判断基準にできるよう一言に凝縮したのです。

「知的な変わり者」という言葉の重さ:ヤッホーブルーイングの企業文化の一条に加えたのが「知的な変わり者」という言葉です。これは「よなよなエール」の個性でもあり、ターゲットとするお客様でもあります。「一〇〇人に一人でも、深くファンになってくれる方に来てほしい」——万人向けを目指さない戦略の根底にある言葉です。

「ファンはチームの一員だ」:「超宴」などのファンイベントでは、お客様が酔っぱらった人を介抱したり、イベント終了後に片付けを手伝ったりしてくれる。「メーカーとお客様という関係でなく、よなよなエールが好きな仲間に変わる」——この体験が、最強のマーケティングになります。


井手直行さんゆかりの地とは?

長野県軽井沢町・佐久市(ヤッホーブルーイング本拠地):浅間山の麓に醸造所を構え、1997年の創業以来ここでビールを醸造し続けています。軽井沢という「自然が豊かで人が好き」という自分の軸に合った場所を選んで移住した井手さんが、縁もゆかりもないこの地でビール屋の奇跡を起こしました。「北軽井沢に1000人規模の大イベント『超宴』が開催される」という現在の姿は、創業当初に誰も想像していませんでした。

楽天市場の店舗(V字回復の起点):1997年に出店しながら放置していた楽天市場の店舗が、2004年に棚から見つかった三木谷さんの手紙をきっかけに再起動します。楽天の担当者・林さんのメルマガ講座から学んだことを「愚直に実践」した結果、3年連続30%超の成長。「出会いの瞬間を見逃したら、いまの僕らはいない」という言葉が、この場所の重さを示しています。

各地のコンビニ・スーパーの店頭(ビールが語りかける場所):星野専務(星野究道さん)はコンビニに行くたびに「よなよなエール」のロゴが正面を向いているかチェックし、向いていないとくるっと回して正面にするそうです。こうした「ビールが語りかける場所」への細部のこだわりが、ブランドの信頼を積み上げています。


井手直行さんから学ぶ、3つの教訓とは?

1. 「くだらないことに真剣に取り組め」——真剣にふざけることが最強のブランドになる

仮装して表彰式に登場する、メルマガにプライベートを書く、部署名を「ハッピーお届け隊」にする——これらは「くだらない」と言われるかもしれません。しかし「なぜそうするのか」という真剣な理由があり、結果として「よなよなエールらしさ」というブランドになっています。まじめをこじらせることで、誰もやっていない表現が生まれる。そこにしかないキャラクターが、熱狂的なファンを生みます。

2. 「それはちょうどいい!」——逆境を逆説的に受け取る言葉が組織を変える

大量の売れ残り在庫も「ちょうどいい」に変換できれば、チームは前を向ける。失敗は失敗のまま終わらず「次の手へのヒント」になる。この言葉の習慣が、どん底から這い上がる組織の空気を作りました。「言葉で組織文化を作る」というシンプルな実践が、難しい研修よりも深く組織に根づく場合があります。

3. 「ファンは100人に1人でいい」——深い関係を一人ずつ積み重ねることが最大の広告になる

「よなよなエール広め隊」(広報部門)の発想は、10万人に薄く届けるのではなく、1000人に深く届けること。その1000人が口コミで広める。メルマガで厳しい意見を言い続けたお客様と何度もやりとりを重ね、数年後に直接会いに行く——この「人と人の関係」の積み重ねが、広告費ゼロで熱狂的なファンコミュニティを作る源泉です。


この記事で語りきれなかった『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』の魅力とは?

本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。

一つ目は、「前略 好みなんて聞いてないぜ SORRY」誕生秘話です。社内の打ち合わせ中に誰かが「このビールって、呪われてるよね」と笑い出したことから、「上から目線で言ったら後で謝ればいい」「英語でSOVRYを付けよう」というアイデアが生まれました。チームで遊びながら名前を決めるプロセスが、製品に独自の生命を吹き込んでいることが伝わります。

二つ目は、コンビニ出荷を巡る星野さんとの激論です。コンビニに定番で置いてもらえるチャンスを「そのリスクを取るべきだ」「いや時期尚早だ」と真っ向からぶつかり合う場面。結局は予想外の大量在庫引き取りという事態になるのですが、これが「それはちょうどいい!」の実例になり、後のバーコ展開への礎となりました。フラットな組織で意見を言い合える文化が、失敗を次の成功の種にします。

三つ目は、チームビルディング研修の実践です。「人は、得意なことを仕事にすると最も輝く」という信念のもと、全社員が自分の強みと仕事の喜びを語り合う研修を行います。最初は「井手さんが変な宗教にハマっちゃった?」と反発した社員が、徐々に変わっていく過程——組織変革が「人の変化」から始まることを、この体験が示しています。

📚 [ぷしゅ よなよなエールがお世話になります(東洋経済新報社)を読んでみる]


まとめ|井手直行さんが教えてくれること

「まじめをこじらせている」——社員からそう言われた井手さんは、その表現がしっくりきたと書いています。

8年連続赤字、社員は半分に減り、お通夜のような会社。それでも「大手のビールの真似をしたら終わり」という確信を守り続けた。楽天の棚から見つかった手紙一通で、素直に動いた。厳しい批判を寄せるお客様に、数年後にまた会いに行った——すべてが「まじめをこじらせた人間」の行動です。

本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』は、小難しい経営書ではありません。ビールが好きで、人が好きで、おもしろいことが好きな人間が、真剣に取り組んだ結果の記録です。ぜひ手に取ってみてください。


よくある質問

Q: ヤッホーブルーイングはなぜ8年連続赤字から回復できたのですか?
A: 2004年に楽天市場への本格参入をきっかけに、従来のBtoB(卸業者経由)からBtoC(直接消費者へ)への転換が起きました。ネットを通じてお客様に直接「よなよなエールとは何か」を伝えられるようになり、ファンを育てることができた点が決定的でした。また、販売改革と並行して製造部門もビールの品質を高め続けており、この「営業と製造の両輪」が揃ったことが回復の本質です。

Q: 「てんちょ」というニックネームの由来は何ですか?
A: 楽天市場の通販サイトで店長を務めていたことから「てんちょ(店長)」と呼ばれるようになりました。ヤッホーブルーイングでは全員がニックネームで呼び合う文化があり、社長になった現在もこのニックネームが定着しています。表彰式などに仮装して登場するパフォーマンスとともに、「てんちょ」は会社のブランドの一部になっています。

Q: 井手直行さんのおすすめの著書は何ですか?
A: 本書『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)が創業からV字回復、社長就任後のチームづくりまでを包括的に語る一冊です。ヤッホーブルーイングの組織づくりをより深く知りたい方には、後に出版された『醸造師の魂』シリーズなども参考になります。


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参考文献:井手直行『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります——くだらないけど面白い戦略で社員もファンもチームになった話』(東洋経済新報社)