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2005年。青野慶久さんが代表取締役社長に就任したその年、サイボウズの離職率は28%に達していました。
80人いた正社員のうち23人が1年後には去っていく計算です。同時期、急成長路線を追って1年半で9社を買収した結果、経営が行き詰まり、「所詮パソコンおたくには社長なんて無理なんだ」と相当深刻に思い詰めた、と青野さんは本書に書いています。
そこから始まった試行錯誤が、10年後に「離職率4%以下」「100人いれば100通りの働き方ができる会社」というサイボウズの姿を生み出します。
本書『チームのことだけ、考えた。』は、その全記録です。制度でも理念でもなく、「なぜそうなったか」という問いへの答えを、青野さんが正直に語り続けた一冊です。
青野慶久の経営思想を一言で表すと「チームワークあふれる社会の実現を目指し、多様な個人が公明正大に関わり合うことで最高のチームを作る」である。離職率28%という危機から逃げず、「理想とは何か」を問い直した先に「100人100通り」という解があった。
目次 表示
- 青野慶久さんはどのような人物か(基本プロフィール)
- なぜ青野慶久さんはM&Aの失敗と離職率28%から逃げなかったのか
- 「チームワークあふれる社会の実現」——なぜ青野さんはこのビジョンを選んだのか
- 「離職率28%→4%」——なぜ「100人100通りの働き方」が離職率を劇的に下げたのか
- 「公明正大」——なぜサイボウズでは「嘘」が組織崩壊の最大のリスクなのか
- 「質問責任と説明責任」——なぜサイボウズでは「文句を言う前に質問せよ」なのか
- 「人事部感動課」——なぜサイボウズでは感動が人事の仕事なのか
- 青野慶久さんのこだわりとは?
- 青野慶久さんゆかりの地とは?
- 青野慶久さんから学ぶ、3つの教訓とは?
- この記事で語りきれなかった『チームのことだけ、考えた。』の魅力とは?
- まとめ|青野慶久さんが教えてくれること
- よくある質問
- 関連記事
青野慶久さんはどのような人物か(基本プロフィール)
| 氏名 | 青野慶久(あおの よしひさ) |
| 生年 | 1971年6月26日、愛媛県育ち |
| 学歴 | 愛媛県立今治西高等学校→大阪大学工学部情報システム工学科卒業 |
| 経歴 | 松下電工(現パナソニック)入社→1997年同僚2人とサイボウズを愛媛県松山市で設立(取締役副社長)→グループウェア「サイボウズ Office」の市場開拓→2005年代表取締役社長就任→M&A失敗・離職率28%を機に組織改革→「100人100通り」の働き方改革を推進→東証一部上場・国内グループウェアシェアNo.1を維持 |
| 主な実績 | 離職率28%→4%以下に低減。ウルトラワーク(時間・場所を問わない勤務)・副業原則許可・育自分制度(育児・介護等で退職後最長6年で復帰可)など先進的な人事制度を実現。総務省・厚労省・経産省等の働き方変革プロジェクト外部アドバイザー歴任。3度の育児休暇取得。選択的夫婦別姓を求め自ら提訴 |
| 著書 | 『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)ほか |
なぜ青野慶久さんはM&Aの失敗と離職率28%から逃げなかったのか
2005年、代表取締役社長に就任した青野さんが最初にやったことは、「規模の拡大」でした。
楽天やライブドアが台頭する時代の空気に押され、1年半で9社を買収します。連結での売上は120億円を超えました。しかし、数字が増えても満足感も達成感もありませんでした。数社が経営難に陥り、「社長を辞めたい」と周囲に漏らしても「逃げるのは簡単ですよ」と諭され、辞めることもできなかった。
本書『チームのことだけ、考えた。』にそう書かれています。
そして离職率28%という現実。年間80人に23人が去っていく。
青野さんはここで、根本的な問いに向き合います。「なぜ社員が辞めていくのか。そもそもサイボウズはどういう組織を目指すのか」——この問いが、組織改革の出発点でした。
「3年で売上を倍増する」という数値目標を全社の共通目標として掲げていましたが、ある執行役員に「あの目標は効果的だったと思う?」と聞いたところ「そんな目標ありましたっけ?」と返ってきます。目標は覚えられてもいなかった。数字は理想にならないことを、この瞬間に確信します。
「チームワークあふれる社会の実現」——なぜ青野さんはこのビジョンを選んだのか
本書『チームのことだけ、考えた。』の中で最も印象深いのは、青野さんが「自分の本当の理想」を探すくだりです。
売上や利益が大事でないとは思わない。しかし、9社を買収して売上120億円になっても、そこに「ワクワク」がなかった。多角化した事業のどれにも強い興味を持てなかった。「私にはオタク的な特性があり、狭い分野に没頭したいタイプなのだと気付いた」と書きます。
子供の頃から科学が大好きで、『子供の科学』を愛読していた。高校の授業中でもノートにプログラムのコードを書いていた——この自分の個性に立ち返ったとき、「グループウェアで世界一になる」という理想が見えてきます。
「社会の役に立っている実感を得ながら、自信と誇りを持って最高のソフトウェア作りに取り組みたい。この理想であれば真剣になれる。命を懸けられる」
こうして全社の理想は「チームワークあふれる社会の実現」に定まります。多様な人たちを束ねるには、個人の個性を消すのではなく、共通の理想に向かう方向性を揃えること——これが「100人100通り」の多様性と、「グループウェア世界一」という高い理想を同時に追求する構造の根拠です。
「離職率28%→4%」——なぜ「100人100通りの働き方」が離職率を劇的に下げたのか
多様な働き方を実現するために、サイボウズが実践した制度変革は具体的でした。
育自分制度:育児・介護・留学・配偶者の転勤等を理由に退職した社員が、最長6年以内であれば再びサイボウズで働けます。「辞める」という選択肢の重みを変えた制度です。
ウルトラワーク:2012年から時間・場所・回数の制約をほぼ撤廃。台風が来た日にはほとんどの社員が出社せず、家で働く。東日本大震災の翌週、在宅勤務の準備ができていたサイボウズは、大手企業が決算発表を延期する中、予定通り本決算を発表できました。
副業原則許可:「週4日はサイボウズ、週1日は他社」という社員も生まれます。副業禁止の根拠は「健全な労働力の確保」でしたが、インターネット時代に形骸化したとして原則許可に転換。精神的・肉体的疲労を確認しながら、自律的な働き方を認めます。
これらの制度変更はすべて、社員からの声を人事部が拾い、ワークショップを重ね、社内で議論して形にしてきたものです。「社長が考えて社員に与えた」のではなく、「現場が考えて経営が承認した」という順番が重要です。
2005年に28%だった离職率は、2013年には4%を切ります。
「公明正大」——なぜサイボウズでは「嘘」が組織崩壊の最大のリスクなのか
本書『チームのことだけ、考えた。』の中で、青野さんが最も強く語るのが「公明正大」という価値観です。
「公明正大とは、すべての情報を公開することではない。いつ誰にどの情報を公開するか基準を決め、それに従って嘘偽りなく情報を伝えていくことである」
なぜ公明正大がそこまで重要なのか。それは「多様性のある組織では、互いの背景や経緯を理解し合うのが難しい」からです。同質性の高い組織なら「察する」ことができますが、100通りの価値観を持つ組織では察することができない。嘘をつかれると、その人の言葉を信じられなくなる。組織に多様性が増せば増すほど、公明正大さの重要性は高まります。
「小さな嘘ですら許さない。出張旅費を精算するとき、交際費を申請するとき、自分が知らないことを聞かれたとき、遅刻をしてその理由を説明するとき——嘘をつく機会にあふれている」
この7年間でサイボウズでも数々の嘘が見つかった。その度に向き合い続けた——と青野さんは書きます。
公明正大を徹底すると、組織に「何とも言えない安心感、幸福感」が生まれると青野さんは言います。嘘をつかれる心配がない。自分も嘘で自分の身をガードする必要がない。この「公明正大感は何にも代えがたい心地良さ」だと。
同じく「組織の透明性と多様性」を経営の核心に置いた経営者の言葉も参考になります。
「質問責任と説明責任」——なぜサイボウズでは「文句を言う前に質問せよ」なのか
本書『チームのことだけ、考えた。』が生み出した最も重要な概念の一つが「質問責任」と「説明責任」のペアです。
質問責任:自分が気になったことを質問する責任。自分の理想を伝える責任。そしてその結果、自分の理想が叶わなかったとしても受け入れる責任。
説明責任:意思決定者が、なぜそう判断したかを説明する責任。
多様な価値観を持つ組織では、全員を満足させる意思決定はできません。大半の意見をバッサリ切り捨てて課題を設定することになる。何をどう決めても全員から褒められることはない。だからこそ「こう考えて、こう意思決定しました」と説明するしかない——そして社員の側も、気になることがあれば黙って不満を溜めるのではなく、質問する責任がある。
この概念は「承認者は決めることから逃げてはいけない」という原則とセットです。
「私が意思決定から逃げていた時期があった。開発本部が作りたいと言ったものに対して、全面的に任せてきた。しかし、それは承認者としての責任放棄だった」
青野さんが「ラストボスになる」と決めてから、本部をまたがった提案の精度が上がっていきます。社長が質問攻めにするから、本部同士が事前に連携して練ってくる。意思決定後の実行がスムーズになります。
「人事部感動課」——なぜサイボウズでは感動が人事の仕事なのか
本書の中で最もユニークなエピソードが「人事部感動課」の話です。
福西という社員が担当するこの部署の仕事は、社内の日々の活動の中に既にある「感動」を見つけ出し、スポットライトを当てることです。
製品の開発から販売に至る過程を詳細に取材し、誰がどのような努力をしたかをグループウェア内で検索し、海外拠点にも取材に行き、家族や元社員にも取材をする。そして集めたネタを動画や冊子や式典に仕立て、人知れず頑張っていたメンバーを表舞台に引き出します。
感動を生み出すための「5+1の要諦」として青野さんは本書に記しています——①努力(努力なきところに感動なし)②メッセージ③共感④手間⑤サプライズ、そして+1として「その努力が自分のためではなく誰かのためだった場合、感動は最大化する」。
青野さん自身もこのイベントで号泣したことがある、と書きます。「福西の仕事は感動させること。涙を引き出せば成功なのである」。
「職場で感動を得られるのであれば、給与の他にダブルインカムだ。お金で買えない大きな報酬だ」という青野さんの言葉が、この制度の本質を表しています。
青野慶久さんのこだわりとは?
本書『チームのことだけ、考えた。』を通じて、青野さんという経営者の核心が見えてきます。
「自立」——100人100通りの前提条件:多様な働き方を会社が提供しても、社員一人ひとりが「自分はどうしたいか」を言語化して伝えられなければ、組織はそれに応えられません。「護送船団方式で従業員を幸せにすることができない」のが多様性ある組織の現実です。だからこそ、自分の理想を自分の言葉で伝えること——「自立」が100人100通りの大前提だと青野さんは言います。
「理想から始める意思決定」:サイボウズでは「問題解決メソッド」という独自の意思決定の型が使われています。現状→理想→課題という順番で考え、「理想は何か」を先に決めることで、解決すべき課題の質が上がります。「理想を高く持てば、それに向けた緊張感を自然に作り出せる」という考え方が、組織の緩さとのバランスを取る方法です。
「社長もチームの一員だ」:本書全体を通じて際立つのは、青野さんが「自分も嘘をつきたくなる事態に直面し、苦しんできた」「意思決定から逃げていた時期があった」と正直に書き続けていることです。社長として完璧であることより、「チームに正直でいること」を選ぶ姿勢が、サイボウズの公明正大文化の根幹にあります。
青野慶久さんゆかりの地とは?
愛媛県松山市(創業の地):1997年8月、サイボウズは愛媛県松山市のマンション一室から始まります。タウン情報誌に人材募集をかけても反応がなく、派遣の「上田さん」という女性に助けてもらった創業期の話は、本書の冒頭を飾る忘れがたいエピソードです。「サイボウズ」という社名が怪しすぎて採用もままならなかった3人が、大阪に拠点を移して人を集め、成長していく出発点の場所です。
大阪・梅田(急成長の舞台):松山からプログラマーを採用するために「大阪にオフィスを出すんだったら入社してもいい」という声があり、阪急梅田駅から徒歩1分のビルに移転。1年で15人まで増えます。「ソフトウェアは最初に成功した企業が圧勝する」という判断から月5000万円の広告費を投入し、サイボウズブランドを確立した場所です。
東京本社(組織改革の現場):M&A失敗と離職率28%という危機を迎えた東京本社が、「100人100通り」の実験場になります。毎年100回以上の講演・取材依頼が来るようになったのも東京から。総務省・厚労省・経産省の外部アドバイザーとして働き方改革を社外にも発信してきた舞台です。
青野慶久さんから学ぶ、3つの教訓とは?
1. 「理想は数字ではなく言葉で作る」——覚えられない目標は存在しない
「3年で売上を倍増する」という目標が「そんな目標ありましたっけ?」と言われた瞬間の気づき——目標は共感されてこそ機能する。売上や利益の数値目標は、それ自体には共感を生まない。「チームワークあふれる社会の実現」という言葉の目標は、社員が自分事として語れる。理想を言葉にすることの重要性を、青野さんは自分の失敗から学びました。
2. 「多様性と一体感は矛盾しない」——共通の理想があれば個性はバラバラでいい
「100人100通りの働き方」と「グループウェア世界一という共通の理想」は矛盾しません。チームスポーツのアニメで描かれる構図——バラバラだった個性が「次の大会で必ず勝とう」という共通の理想で束になる——これが組織の基本法則だと青野さんは言います。多様性を受け入れることと、一体感を持つことは、実は同じ構造から生まれます。
3. 「公明正大は戦略であり、心地よさである」——嘘をなくすと組織が変わる
「嘘をつかれる心配がない。自分も嘘で自分の身をガードする必要がない」——この状態が組織にもたらす安心感と幸福感は、それ自体が採用・定着・生産性の向上につながります。公明正大を徹底することは道徳論ではなく、多様性ある組織を機能させるための実践的な戦略です。離職率の低下も、この安心感の蓄積から来ています。
この記事で語りきれなかった『チームのことだけ、考えた。』の魅力とは?
本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。
一つ目は、「ワーキングマザーの現実を描いた動画『大丈さ』」のエピソードです。2014年12月に公開したこの動画が1か月で50万回以上再生され、朝の情報番組で3度取り上げられます。「共感する人、怒る人、号泣する人」とネット上で数千件の書き込みが発生——会社が社会問題の発信源になるという、当時まだ珍しかったアプローチの記録です。
二つ目は、「フラスコ理論」です。多様な人材を「ビーカー」(口が広く、何でも入れられるが方向性がない)ではなく「フラスコ」(口が絞られ、ビジョンが明確な)に入れるという比喩です。多様な個性が化学反応を起こすためには、フラスコの「絞り」——つまり明確なビジョンが必要だという組織論は、「チームワーク」の構造を鮮やかに可視化しています。
三つ目は、「グローバル展開の苦闘」です。本書後半では、国内で成功したサイボウズがなぜグローバル展開に苦労しているかが率直に書かれています。業界団体のグローバル委員会の委員長として「ビジネスソフト業界は欧米企業に負け続けてきた歴史がある」と語りながら、それでも挑み続ける理由——「日本からグローバルで成功する企業を1社でも多く」という使命感が伝わります。
📚 [チームのことだけ、考えた。(ダイヤモンド社)を読んでみる]
まとめ|青野慶久さんが教えてくれること
離職率28%——この数字から逃げなかった青野さんが10年かけて作り上げたのは、「100人100通りの働き方ができる会社」というシステムではありません。それは「チームとは何か」「理想とは何か」「嘘のない組織はどんな場所か」という問いへの答えを、全社員と一緒に探し続けたプロセスそのものです。
「チームのことだけ、考えた」というタイトルは、余計なものを全部削ぎ落とした後に残ったものを示しています。売上でも、規模でも、競合でもなく、チームだけを。
本書『チームのことだけ、考えた。』は、働き方改革の手引書ではなく、「なぜ人は組織を離れるのか」「なぜ人は組織に留まるのか」という根本的な問いへの、一つの誠実な答えです。ぜひ手に取ってみてください。
よくある質問
Q: サイボウズの離職率はなぜ28%から4%に下がったのですか?
A: 一つの制度変更で劇的に下がったわけではありません。育自分制度(退職後最長6年で復帰可)・ウルトラワーク(時間・場所の制約を撤廃)・副業原則許可など、「多様な個人のニーズに個別対応する」方向で制度を積み重ねた結果です。それ以上に大きいのは「公明正大」という文化の定着——嘘をつかなくていい安心感が、組織への信頼を生み出したことが離職率低下の根幹にあります。
Q: 青野慶久さんの「質問責任」とはどういう意味ですか?
A: 自分が気になったことを質問する責任、自分の理想を伝える責任、そしてその結果、理想が叶わなかったとしても受け入れる責任の三つです。多様な価値観を持つ組織では、黙って不満を溜めることが組織崩壊の原因になります。「言いたいことがあれば言う、でも決定は受け入れる」という自立した姿勢が「100人100通り」の前提条件です。
Q: 青野慶久さんのおすすめの著書は何ですか?
A: 本書『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がサイボウズの組織改革の全記録として最も包括的です。その後の著書『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)では「会社とは何か」という根本的な問いを社会論的に展開しており、本書と合わせて読むと青野さんの思想の全体像が見えます。
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参考文献:青野慶久『チームのことだけ、考えた。サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか』(ダイヤモンド社)

