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「本当にうちに来るんですか? いまの会社のほうが絶対安定だと思いませんか?」
森下仁丹の採用面接で、駒村純一さんはこう切り込みます。動揺して「やっぱり遠慮します」と去る人もいれば、「それでも面白そうなので」と転職を決める人もいる——駒村さんが欲しいのは後者だけです。
三菱商事でイタリア事業投資先会社の社長を務め、安定した余生が約束されていた2003年。駒村さんは30年勤めた大手商社を辞め、赤字30億円を抱える老舗医薬品メーカー・森下仁丹に52歳で飛び込みます。
「50歳を過ぎてからの挑戦でも遅いとは思いません」
この確信が、創業110年以上の老舗を10年で売上倍増に導きます。
本書『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』は、その全記録です。
駒村純一の経営思想の核心は「高位安定」——安定を求めるなら、低い位置での安定ではなく、高い位置での安定を目指せ。その一点が52歳の転身と老舗改革を貫いた。
目次 表示
- 駒村純一さんはどのような人物か(基本プロフィール)
- 「老舗病」とはどのようなものか——なぜ100年企業が静かに死んでいくのか
- 「仁丹の技術を眠らせていた」——なぜ100年の宝が見落とされていたのか
- 「第四新卒採用」とはどのようなものか——なぜ30〜60代を積極採用したのか
- 「忖度しない人材が出世する」——なぜ態度の大きな面接者を採用したのか
- 駒村純一さんのこだわりとは?
- 駒村純一さんゆかりの地とは?
- 駒村純一さんから学ぶ、3つの教訓とは?
- この記事で語りきれなかった『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』の魅力とは?
- まとめ|駒村純一さんが教えてくれること
- よくある質問
- 関連記事
駒村純一さんはどのような人物か(基本プロフィール)
| 氏名 | 駒村純一(こまむら じゅんいち) |
| 生年 | 1951年生まれ |
| 学歴 | 慶應義塾大学工学部応用化学科卒業 |
| 経歴 | 1973年三菱商事入社(化学部門)→1981年ミラノ駐在→1996年イタリア事業投資先会社社長(7年間)→2003年三菱商事退社(52歳)→森下仁丹株式会社執行役員入社→2006年代表取締役社長就任 |
| 主な実績 | 赤字30億円からV字回復。10年で売上2倍。「シームレスカプセル」技術の産業・工業展開。「第四新卒採用」(30〜60代)を実施し2200人超の応募を集める。2017年に業界初の「第四新卒採用」を実施 |
| 著書 | 『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』(日経BP社) |
「老舗病」とはどのようなものか——なぜ100年企業が静かに死んでいくのか
本書『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』で駒村さんが最初に向き合ったのが「老舗病」です。
「創業100年以上続いてきた会社が簡単につぶれるわけがない」——この根拠のない自信が、現実を直視することを妨げていました。外部からやってきた駒村さんにはその「空気」がはっきりと見えました。
入社後、改革の方針を社員に語っても、最初の反応は「予想外なほど静か」なものでした。「摩擦や抵抗が起こるどころか、非常に静かだった」——反対もなければ、共感の反応もない。言われたことをそのままこなすだけ。この停滞こそが老舗病の症状でした。
「企業は社会に貢献するために存在し、その企業に存在価値があるかどうかは社会が決める。社会に必要とされる企業になるために何をすべきか真剣に考えてくれ」——この言葉を3年間言い続けながら、駒村さんは実力主義の人事制度を導入し、若手と中途採用者を管理職に積極的に登用していきます。
年功序列では考えられない人事異動も、「このくらいのことをしなければ浮上は不可能だった」と本書で振り返ります。辞めていった人もいましたが、「改革には痛みが伴う。その痛みを避けていては前に進めない」という確信が揺らぐことはありませんでした。
「仁丹の技術を眠らせていた」——なぜ100年の宝が見落とされていたのか
本書『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』のV字回復の核心が、「シームレスカプセル」技術の再発見です。
仁丹は生薬を練った小さな粒を銀箔でコーティングした口中清涼剤です。この「包んで守る」技法を発展させて、森下仁丹は「シームレスカプセル(継ぎ目のないカプセル)」という独自技術を持っていました。通常のカプセルでは液体を入れると継ぎ目からしみ出てしまいますが、シームレスカプセルは液体から微生物まであらゆるものを充填できる、応用範囲の極めて広い技術です。
しかし当時の森下仁丹は、この技術を「仁丹の改良」にしか使っていませんでした。「誰もが使っている技術ではなく、唯一無二の技術を眠らせていた」——外部から来たからこそ見えた宝でした。
「シームレスカプセルの技術を、ヘルスケアや食品以外の産業・工業分野でも事業化できないか?」——この問いが、新規事業展開の出発点になります。機能性食品・医療・農業・工業など複数の分野への応用展開が始まりました。本社の工場敷地売却で財務を健全化しながら、この技術を起点とした「線路10本思考」(複数の可能性を同時に走らせる)が、V字回復の土台を作りました。
「逆境に追い込まれた老舗が、外部の視点で本質を見直した」事例は他にもあります。
「第四新卒採用」とはどのようなものか——なぜ30〜60代を積極採用したのか
本書『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』の最も独自性の高い施策が「第四新卒採用」です。
新卒・第二新卒・第三新卒に続く「第四新卒」——社会人として長年経験を積んだ30〜60代の人材を指す駒村さんの造語です。2017年に実施した募集には、約2200人もの応募が集まりました。
なぜ中高年にこだわるのか。「早期退職の50代にこそ猛者が隠れている」というのが駒村さんの確信です。転職エージェントを通じた採用では、エージェントの「スクリーニング」を通過した「横並び」の人材ばかりが来る。しかし「転職したい」「もっと挑戦したい」という思いを持ちながらも採用市場に現れていない優秀な中高年が、世の中にはまだたくさんいる——この信念から、あえてエージェントを介さない採用に踏み切りました。
「第四新卒採用」の選考でグループディスカッションを実施したところ、たくさん話す人より「少ない言葉でキラッと光る意見を言える人」「グループをまとめる力を持つ人」の個性が際立ちました。最終的に30代から定年直前の60代まで10人に内定を出し、彼らが既存社員の意識を変える「カンフル剤」になっていきます。
「忖度しない人材が出世する」——なぜ態度の大きな面接者を採用したのか
本書『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』に登場する採用エピソードが印象的です。
面接に来た女性が「別に入っても入らなくても」という態度を取りました。「採るなら採ってみな」という感じで、普通なら落とされてもおかしくない。しかし駒村さんはこの「過度な忖度をしない」姿勢を気に入り、採用します。彼女はやがて要職に就きます。
大手企業からの転職組の男性は、志望動機を聞くと「自分の好きな分野の研究から外れたし、ここにはやりがいのあるテーマがあるので転職したい」と驚きの一言。「お前はバカか?」と思わず聞いてしまったほどです——「よほどのバカ、つまり研究バカ・開発バカだ」と判断して採用したところ、1年で当時40代後半の上司と立場が入れ替わりました。
「会社は『いい人』を必要としているわけではありません。忖度に精を出すのではなく、売上アップに貢献し社内を活性化してくれる人材を求めているのです」
駒村純一さんのこだわりとは?
本書『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』を通じて、駒村さんという経営者の核心が見えてきます。
「企画書作りに時間をかけない」:本書に登場する「常識にとらわれない会社風土の秘訣」のひとつが、企画書の簡略化です。「回りくどい説明や丁寧すぎる文章など形式にこだわることを改め、本当に必要な判断材料を書くことを徹底させた」——会議も「単なる報告の場」にしない。これが組織のスピードを上げる具体的な仕掛けです。
「朝令暮改でいい」:状況が変われば判断を変えることを恐れない姿勢を、駒村さんは明確に打ち出しています。「進歩が止まった途端に衰退が始まる」という確信が根底にあり、昨日の判断より今日の現実を優先する経営観です。これは三菱商事という大組織で30年を過ごした経験が生んだ逆説的な発想でもあります。
「情報をザーッと流して頭に入れる」:毎朝、車の中で朝刊を読み、会社に着いてから数種類の業界紙に目を通す。「メモは取らないが、見出し程度は頭に刻む」——そして後日、別の情報と組み合わせることで、点と点の情報が結びつきビジネスチャンスが生まれると駒村さんは言います。商社時代に医療用ビタミンD3の情報を蓄積していたことが、後の「ビタミンD3サプリメント」の商品化につながったのが一例です。
駒村純一さんゆかりの地とは?
ミラノ・イタリア(経営者としての原点):三菱商事時代の1981年に開拓し、1996年から7年間、社長として率いたイタリア事業会社。「海外も見られて、大きな仕事ができそうだ」という友人の言葉で三菱商事に入った駒村さんが、最終的に一国の事業を束ねる経営者としての経験を積んだ場所です。この経験が52歳での転身の土台を作りました。
大阪・森下仁丹本社(改革の場所):「100年以上続いた会社が簡単につぶれるわけがない」という老舗病を抱えた組織に飛び込み、10年かけてV字回復させた場所。社内の「空気を入れ替える」ために、外部から中途採用した人材を次々と管理職に登用し、年功序列を解体していきました。
工場敷地(再生の起点):森下仁丹の財務健全化のために、本社の工場敷地を売却することを決断した場所。「次のチャレンジにつなげる下地を整える」という発想のもと、過去の資産を切り離すことで、シームレスカプセル技術を新事業展開に向けて解放する転換点になりました。
駒村純一さんから学ぶ、3つの教訓とは?
1. 「高位安定を目指せ」——低い位置での安定に甘んじるな
「安定したい気持ちはあります。ただし、高い位置で安定したい」——駒村さんが三菱商事を辞めた動機はこの一言に凝縮されます。大手企業での安定した地位を手放してでも、より高い挑戦の場を求めた。52歳という年齢を「遅すぎる」と捉えるのではなく、「30年間の経験を全部使える局面がようやく来た」と捉え直す視点が、老舗企業の改革を実現させました。
2. 「外部の目が老舗病を治す」——中にいると見えないものがある
「100年続いた会社が簡単につぶれるわけがない」という空気は、そこにいる人間には見えません。しかし外から来た駒村さんには初日からはっきり見えた。この「外部の視点」こそが、眠っていたシームレスカプセル技術を発見し、「第四新卒採用」という前例のない施策を実行できた理由です。慣習の外にいるからこそ、慣習を変えられる。
3. 「50代の猛者は転職エージェントの外にいる」——スクリーニングされない人材に宝が眠る
「早期退職の50代にこそ猛者が隠れている確率が高い」——この確信から生まれた第四新卒採用には2200人以上が応募し、30代〜定年直前の60代が採用されました。採用市場に現れる人材だけが「優秀」ではない。スクリーニングの外にいる「挑戦したいのに場がない」人材を発掘することが、組織を活性化させる確実な方法だというのが、駒村さんの実践から得られた結論です。
この記事で語りきれなかった『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』の魅力とは?
本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。
一つ目は、「立ち話は無駄話ではない」という哲学です。「会議室以外での雑談や立ち話の中にこそ、本音の情報が眠っている」という駒村さんの観察が、組織の情報をブラックボックス化しないための具体的な仕掛けにつながっています。「情報共有にも忖度はいらない」という言葉が、この哲学を一言で表しています。
二つ目は、「失敗を織り込んで無茶振りをする」という人材育成論です。失敗することを前提にして高い目標を振る——成功してもよし、失敗してもそこから何を学んだかを評価する。この方針が、若手が「どうせ無理」という思考から抜け出す機会を作り、「1年で上司を追い越す」ような人材が育つ環境になっていきます。
三つ目は、「一つのキャリアで100年時代は生きられない」というメッセージです。「第一の人生で成功したからといって、第二の人生が保証されるわけではない」——駒村さん自身が三菱商事での成功を手放して転身した体験が、この言葉に重みを与えています。同時に「中高年こそ大組織より中小組織が面白い」という逆転の発想が、人生後半のキャリアを考えるすべての人へのメッセージになっています。
📚 [赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術(日経BP社)を読んでみる]
まとめ|駒村純一さんが教えてくれること
「50歳を過ぎてからの挑戦でも遅くない」——この言葉を駒村さんは自分自身の転身で証明しました。
三菱商事で培った「外の世界を見る目」を持って老舗企業に飛び込み、100年続いた組織の空気を変え、眠っていた技術を再発見し、業界初の採用制度を作り出した。それは「50代のオッサンにはまだ可能性がある」という信念の実践です。
本書『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』は、老舗企業の経営者・後継者だけでなく、キャリアの転換を考えるすべての人へのエールでもあります。ぜひ手に取ってみてください。
よくある質問
Q: 森下仁丹はどうやって赤字30億円から復活したのですか?
A: 主に3つのアプローチです。①本社工場敷地売却による財務健全化、②「シームレスカプセル」という独自技術を食品以外の産業・工業分野に応用展開することで新規事業を創出、③実力主義の人事制度導入と外部人材の積極登用による組織の若返り。これらを同時並行で進めた結果、10年で売上2倍を達成しました。
Q: 「第四新卒採用」はどのようなものですか?
A: 30〜60代の社会経験豊富な中高年を対象とした駒村さん独自の採用制度です。転職エージェントを介さず直接募集したところ、2017年の実施で約2200人が応募。通常の中途採用では出会えない優秀な人材が集まり、採用した10人が若手社員の意識を変えるカンフル剤となりました。
Q: 駒村さんがなぜ52歳で転身できたのですか?
A: 「高位安定」という考え方がベースにあります。「安定したい気持ちはあるが、低い位置での安定では満足できない」——三菱商事でそこそこのポジションにまで上がりながら、もう一段高い位置での挑戦を求めた結果です。赤字30億円の企業への転身は「よく踏み切れた」と周囲に言われましたが、「30年分の経験を全部使えるチャンスだ」という確信があったからだと本書に記されています。
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参考文献:駒村純一『赤字30億円からV字復活させた逆転発想の人材・組織改革術』(日経BP社)
