経営者の哲学を、あなたの武器に。

ほうき一本が一等地の不動産を呼び込んだ——イエローハット創業者・鍵山秀三郎『凡事徹底』が説く、平凡を非凡に変える哲学

イエローハット創業者・鍵山秀三郎の書籍『凡事徹底』を紹介する記事のアイキャッチ画像

東京・千代田区三番町九番地。隣はローマ法王大使館、反対側は日本生命——日本でも最高クラスの住宅地にビルを構えるには、どれほどの資金と人脈が必要でしょうか?

しかし鍵山秀三郎は、そこをほぼただ同然で手に入れたのです。

特別なコネクションも、圧倒的な資金力も使っていません。使ったのはほうき一本とちりとり一つだけ。長年にわたりその界隈を毎朝掃き続けた鍵山に、土地の持ち主が「あなたに譲りたい」と申し出てきたのです。

裸一貫でボロ自転車の行商から始め、年商600億円近い企業(現イエローハット)を一代で築いた人物がたどり着いた結論は、驚くほどシンプルなものです。

「世の中に特別なことは何もない。平凡なことを非凡に努めるだけだ」

本書『凡事徹底』は、イエローハット創業者・鍵山秀三郎が講演と対談をもとに語り下ろした実践の書です。掃除、縁、企業経営——どの章を開いても根底を流れるのは一つの哲学、「凡事徹底」。1994年の初版から30年以上読み継がれ、32刷を重ねてきた言葉の重みは、ページをめくるほどに増してきます。


鍵山秀三郎の基本プロフィール

氏名鍵山秀三郎(かぎやま ひでさぶろう)
生年1933年
創業1961年(ローヤル、現イエローハット)
役職イエローハット創業者
活動「掃除に学ぶ会」主宰、各地で講演多数
著書『凡事徹底』(致知出版社、1994年)

ボロ自転車と、10円で一週間の食事

まず、鍵山がどこから出発したかを知っておく必要があります。

田舎の山の中の学校を、ほとんど農作業をしながら通った。試験勉強など一度もしたことがない。それこそ何もない状態で東京に出てきた——と、本書『凡事徹底』は語ります。

上京直後の生活は文字通り食うや食わずでした。食事をする金がなく、10円で一週間を過ごしたこともあると鍵山は打ち明けています。パン屋で犬の餌用にミカン箱いっぱいの「パンのへた」を10円で買い、傷みやすいものから順に食べ、最後は干したするめのようになったへたを水と一緒に飲み込む——。

しかし両親への手紙には「東京でいかによい暮らしをしているか」だけを書き、心配を一切かけなかったといいます。「いつまでもこんな生活はしない」——その一心で鍵山は動き続けました。

1961年(昭和36年)、ボロ自転車一台の行商から会社を創業します。商品もない、場所もない、電話もない。しかも前職からの圧力でメーカーはだれも商品を売ってくれない。約束をすっぽかされ、すごすごと肩を落として帰る日が続きました。「約束が違うじゃないか」と声を張り上げたらその後はなかった、と鍵山はいいます。そのまま引き下がり、次の機会を待った。

そこで鍵山が目をつけたのが、メーカーの倉庫にホコリをかぶって眠っていた「だれも扱わない商品」でした。

人が見捨てたものの中に宝の山がある」——これが鍵山の出発点となる信念です。

ハンドルカバー(リングカバー)という商品を30年以上売り続け、それが会社成長の礎になります。「人が見過ごしているものを、だれよりも丁寧に扱う」という姿勢は、この時代に骨身に染み込んだものでした。その後、年商600億円近くに成長しながら見積書を一枚も書いたことがない、社員が開拓したお客さまは一軒もない——すべてお客さまのほうから「ぜひあなたから買いたい」と来てくれた——という状況がいかに生まれたのかを、次の章が答えてくれます。


なぜ、毎朝ほうきを持って外へ出るのか

鍵山が掃除を始めたのは、経営が軌道に乗ってからではありません。余裕が全くない時代から、時間を割いて続けてきたと本書に記されています。

「余裕がないからこそ乱雑にしておいていいということはない。余裕のない中で掃除をしてきたから、今の余裕が生まれた」

毎朝6時に会社へ出向き、会社周辺から駅にかけて延べ2.5〜3キロの道路を掃き続けた。カメラを持った来訪者が駅の改札の前で「6時に本当に来ているか」確かめようと待ち構えていた、というエピソードが本書に登場します。

出前の器を自社で洗って返す。全国を走る約350台の社用車をガソリンスタンドに頼まず、社員自身の手で洗う。真冬の札幌で雪に埋まった車を掘り出し、洗ったそばから泥だらけになるとわかっていても洗い直す。メーカーの担当者が早く来た日には、その人の車まで一緒に洗ってしまう——その徹底ぶりも本書に詳しく書かれています。

これをただの清潔習慣と読むのは浅い。鍵山はその理由をこう語っています。

自分のやっている掃除の範囲の広さ、深さが自分の人格に比例する

温泉の風呂場で山積みのスリッパを揃え、出てきたらまた山積みになっている。それでも揃える。他人のスリッパを揃えてきて損をしたことは一度もない、と鍵山は断言します。その行いに打算は一切ない。だからこそ続き、だからこそ人が感じ取り、だからこそほうき一本が一等地の不動産につながったのです。


微差・僅差の積み重ねが、大差となる

「凡事徹底」の哲学を仕事にどう活かすか。本書『凡事徹底』が丁寧に説くのが、「微差・僅差」の考え方です。

やり方をAからBに変えたとき、成果の差がわずかならだれもBを選ばない。やり慣れた方法の方が楽だからです。しかしBを選べる人はさらにC、D、Eと変え続けられる。Eあたりまで来て初めて、大きな差になって現れてくる——鍵山の言葉です。

そこで夏目漱石が芥川龍之介に宛てた手紙の言葉を鍵山は引用します。「世の中は根気の前には頭を下げることを知っています。火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。だから牛のよだれのように、もっと根気よくやりなさい」。

世の中が火花を求めるほど、「根気」は差別化の力になる——この真理を鍵山は自社で体現しました。創業以来、見積書を一枚も書いたことがない。新規開拓をしなくても、逆に断るほうに骨が折れる状態が10年以上続いた。商品はよそと同じ、仕入れ条件もよそと同じ。それでも選ばれ続けたのは、AからEへの積み重ねが「大差」となって現れた結果でした。


打算があったら、続かない

ただし、ここに一つの条件があります。

ほうき一本で一等地を手にした話を聞けば、「自分も明日から掃除をしよう」と思う人は多い。しかし鍵山はきっぱり言います。

打算があったら、どんなことでも続かない。十年も二十年も続かないのです

打算のある行いは「卑しく見える。全部見えてしまう」——これは体験から来る言葉です。見返りをすぐに求めることは、子供が肩叩きで百円をねだるのと同じで、年を取っただけにすぎないと鍵山は遠慮なく言い切ります。

逆に、打算なく続けてきたことに対して、世の中は公平だとも語ります。かつて鍵山を冷遇した人物が後年「昔から伸びると思っていた」と言ってきた。端から見て無理だと思われていたことが、先見性と評価が変わる——これが「世の中は根気の前には頭を下げる」の意味だと、本書は教えています。

不合理を他者に押しつけることが合理化だと思っている経営者が非常に多い」——不景気になると「合理化」を進める経営者の実態を、鍵山はそう見抜いていました。自分の不都合を人に転嫁すれば、それ以上の不合理となって必ず自分に戻ってくる。だからこそ鍵山は、不合理を自分の会社に取り込んで、引き受けた不合理をいかに合理的にやっていくかという「底から生み出される知恵」を磨き続けたのです。


掃除が、人生まで変えた

掃除が職場を変えるだけでなく、人間そのものを変える——本書にはその具体的な事例が登場します。

岐阜県の恵那にある電子部品メーカー。長靴でないと歩けないほど床が汚れ、不良品が出るたびに始末書を書くことが仕事の一部になっていた会社でした。鍵山が初めて訪問した際に「お宅の会社は汚い。不良品がたくさん出ているのではないか」と率直に伝えると、社長は翌朝から地元の神社の境内の掃除を始めます。

半年後、工場の床はピカピカに変わっていました。業界でこれ以上は下がらないとされていた不良率がさらに低下し、夜11時12時まで続いていた残業がゼロになりました。

さらに印象的なのは人間の変化です。自分勝手で、家族がどこかに行こうと言っても一人でビールを飲んで寝ていた社員が、自分の母親や家族を旅行に連れていくまでになった。最後に鍵山が訪問したとき、ある社員の顔が前回と全く違って見えた。「あの人はYさんです」と言われて初めてわかった——それほど、顔つきまで変わっていたといいます。

汚いものを汚いままにしておくと、もっと心がすさむ」——これが鍵山の一貫した信念です。心のすさまない会社をつくるために、少々お金を犠牲にしてでも掃除を続ける。そうすれば、社員の心に思いやりが育ち、結果として仕事の質も、人間関係も、会社の業績も上向いていく——30年以上の実践からたどり着いた答えです。


鍵山のこだわり

本書には、鍵山の人となりを映すいくつかの習慣が静かに登場します。

毎朝6時の掃除は出張以外の日は変わりません。会社周辺だけでなく、時には隣の駅に近づくほど範囲を広げながら、ほうき一本で歩き続けました。「カメラを持って改札前で待ち構えて、6時に本当に出てくるかどうか写真に撮ろうとした人もいる」と本書は笑いながら書いています。うっかりできない、と。

社用車の洗車も自社で行います。ガソリンスタンドから「大量のお客さまなので洗ってあげる」と言われても「これは自分たちの手でちゃんと洗います」と断る。全国約350台、雪に埋もれた冬の早朝でも同じです。洗った直後に泥だらけになるとわかっていても洗い直す——義務でないことをどれだけやれるかが人格に比例すると信じていたからです。

旅館の宴会では、終了時刻の15分前にきっちり席を立ち、片づけやすいよう整えて帰ります。9時の約束なら8時45分には終わる。その結果、次に使うときには「10時まで使っていいですよ」と枠が広がる。「小さく使えば、枠はいくらでも大きくなる」という体験の積み重ねが、そのままこだわりになっていました。


鍵山ゆかりの地

東京・千代田区三番町九番地(本社ビル):ローマ法王大使館と日本生命にはさまれた日本最高クラスの住宅地。鍵山が社歴30年でここにビルを持てたのは、長年にわたりほうき一本でその付近を掃き続けたから——「ただみたいなわずかなお金で売ってくださった」と本書に記されています。場所はお金では手に入らない、という言葉を体現した地です。

岐阜県恵那郡明智町(掃除に学ぶ会):財団法人日本大正村の公共トイレで開催された「掃除に学ぶ会」の舞台。50数人が集まり、日ごろ掃除されていない汚れたトイレを素手でピカピカに磨いた後、体験発表で感動のあまり話ができなくなる参加者が続出したといいます。「来年も続けてほしい」という声が上がり、次年度は4月にも開催が決まったと本書は伝えています。

大阪・江坂(営業所):銀行から頼まれ、倒産した施設をいくつも買い取ってきた鍵山ですが、「いまだかつて、倒産した企業できれいに整然と掃除が行き届いていた会社はない」と述べています。大阪・江坂の営業所も倒産した会社の土地・建物を買ったもの。捨ててある便箋や封筒など使えるものは全部取っておき、「人が見捨てたものの中に宝の山がある」という哲学を再確認した場所です。


鍵山から学ぶ、3つの教訓

1. 「根」を先に張ることで、「木」は自然に伸びる 鍵山が繰り返し使う言葉に「良樹細根」があります。根が広く深く張っていれば、木は必ずよくなる——しかし多くの人は根を後回しにして、木(成果)だけを伸ばそうとします。地下でいくら努力しても人に認められない、張り合いがない、楽しみがないから根を放っておく。しかし根のない木が倒れるように、見えないところへの努力を怠れば、いつか必ず揺らぎます。鍵山の生き方は、「張り合いのないことへの耐力」こそが人生の土台だと教えてくれます。

2. 「小さく使う」ことで、枠は大きくなる 9時までという枠を与えられたら8時45分に終わる。10円分の枠を5円で使う。与えられた権限を使いきらない。鍵山が「小さく生きて大きく遺す」と表現する、この逆説的な生き方は、相手への思いやりから来ています。自分の枠を目いっぱい使うことが習慣になった人は、どんどん枠を縮められていく。逆に小さく使い続けた人には、次第に「無制限」の信頼が積み上がっていく——これは鍵山が旅館や取引先との実体験で証明してきたことです。

3. 「不都合を引き受ける側」が、長期で勝つ 自分の不都合を他者に転嫁することを「合理化」と呼ぶ経営者が多い、と鍵山は指摘します。しかし不都合は必ず自分に戻ってくる——これが「間違いない方程式」だと言い切ります。反対に、不都合を引き受けて合理化する努力をした人の周りには、「また頼みたい」「困ったときにこそ助けたい」という縁が積み上がっていく。打算のない不都合の引き受け方が、結果として最大の合理化になるというのが、鍵山の経営哲学の核心です。


この記事で語りきれなかった『凡事徹底』の魅力

本書『凡事徹底』には、ここで紹介しきれなかったエピソードがまだ多くあります。

一つ目は「攀念智」と簿外手形3億円の話です。会社を救済しようとしたら逆に簿外手形を押しつけられ、毎朝銀行から電話がかかってくる生活が半年続いた。昭和48年当時の3億円を毎日落とし続けながら、鍵山はその人間を恨まず、根に持たず、「決めたのは自分だ」と受け止めた。攀念智(執念のように何かにしがみつく心の状態)を手放すことが、どれだけ人生を楽にするか——その哲学が、当時の体験から生まれています。

二つ目は「因果一如」の考え方です。原因をつくった瞬間に、結果は同時に生まれている——ただし結果が現れるまでに10年、20年かかることもある。人に不都合を押しつけた経営者の子供が、後年どんな目に遭うか。自分の行いが将来の縁を決める、という長い目線での考え方が、本書の中に静かに流れています。

三つ目は「縁をつなぐ」の章全体です。いい縁ほど放っておけば薄くなり、悪い縁は放っておくと強くなる——だからこそ、いい縁を「つなごうという意思」を持ち続けることが大事だと鍵山は語ります。人間のひたむきな姿こそが縁をつくる力になる。毎朝の掃除を見た見知らぬ人が手紙を持ってくる——そんな場面が本書に描かれています。

📚『凡事徹底』(致知出版社)を読んでみる


まとめ|鍵山秀三郎が教えてくれること

10円のパンのへたで一週間をしのいだ男が、ほうき一本で日本一等地の不動産を手に入れた。年商600億円近い会社に育てながら、見積書を一枚も書かず、新規開拓を一件もしなかった。

そのすべての出発点は、だれもがやれるのにやらないことを、打算なく、ただ続けたことにある。

鍵山が本書『凡事徹底』を通じて伝えようとしているのは、難しい話ではありません。履きものを揃える。ほうきで道を掃く。食べた器を台所へ運ぶ。そのような「当たり前のことを非凡に続ける」ことが、十年後、二十年後に「とんでもない大きなもの」に結びつく——という、実証済みの人生論です。

いまからでも遅くはない。今日からやってほしい」——鍵山はそう締めくくっています。もう遅いと思う人は駄目だ、と。

鍵山の生き方に興味を持った方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。


参考文献:鍵山秀三郎『凡事徹底』(致知出版社、1994年)