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毎年30〜60泊、テントで眠る社長がいます。
新潟県三条市を拠点とするアウトドアメーカー、スノーピークの山井太さんです。渓流でフライフィッシングをし、星空の下で焚き火を囲み、自分が作ったテントに泊まりながら、次の製品を考える。それがこの経営者の仕事の仕方です。
「コンパスとはどんな機能を持つか。まず思いつくのは『方角を示す』ことだろう。しかし、もっとはっきりした説明ができないかと考えたとき思い当たるのは、『常に真北の方角を示す』ことだ」
山井さんが経営者として大切にしてきたのは、この「真北の方角」を見失わないことです。どんなブームが来ても、どんな嵐の中でも、自分たちが本当に進むべき方向を指し続けるコンパスを持つこと——それが「ミッション・ステートメント」であり、スノーピークにとっての「スノーピークウェイ」でした。
本書『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』は、自らもアウトドアのユーザーであり続けながら、地方の金属加工メーカーから世界的なアウトドアブランドを作り上げた山井さんが、その経営哲学と具体的な手法を語り下ろした一冊です。
目次 表示
- 山井太さんの基本プロフィール
- 「自分たちが本当に欲しいものしか作らない」——スノーピークの原点
- 6期連続売上ダウン——ピンチが生んだ「スノーピークウェイ」
- 「会いに行ける会社」——年数千人のユーザーと直接語る
- 「永久保証」と「値引きなし」——ブレない品質哲学
- クリエーティブレビュー——「あなたは本当に買うのか」の一言
- 「仕事後にキャンプ!」のワークスタイル
- 日報を毎日チェック——「社長はキャンプ中でも見ている」
- 山井太さんのこだわり
- 山井太さんゆかりの地
- 山井太さんから学ぶ、3つの教訓
- この記事で語りきれなかった『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』の魅力
- まとめ|山井太さんが教えてくれること
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山井太さんの基本プロフィール
| 氏名 | 山井太(やまい とおる) |
| 生年 | 1959年12月18日、新潟県三条市生まれ |
| 学歴 | 明治大学商学部卒業 |
| 経歴 | 外資系ブランド商社リーベルマン・ウェルシュリー&Co.,SA(1982年)→父が創業した株式会社ヤマコウ入社(1986年)→1996年代表取締役社長就任・社名をスノーピークに変更→2014年東証マザーズ上場→2015年東証一部へ市場変更→2020年娘の山井梨沙に社長を譲り会長就任 |
| 主な実績 | オートキャンプスタイルの創出。「スノーピークウェイ」イベントによるユーザーとの直接対話経営。6期連続売上ダウンからの流通改革による復活。年間キャンプ2000泊以上 |
| 著書 | 『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』(日経BP) |
「自分たちが本当に欲しいものしか作らない」——スノーピークの原点
山井さんが入社した1986年当時、会社はヤマコウという名の金属加工メーカーでした。登山用品や釣り具を扱っていましたが、山井さんが着目したのは全く違うものでした。
「車の10台に1台が四駆の時代。ミニバンやSUVにキャンプ用品を載せてキャンプに出かける——自分のやりたいこととも重なりましたし、そっちにシフトさせたんです」
オートキャンプ。当時の日本にはその概念自体がありませんでした。山井さんは自分がキャンパーとして「本当に欲しい製品」を1年半で100アイテム以上開発し、キャンプメーカーとしての地位を確立していきます。
この「自分がユーザーである」という発想は、スノーピークのミッション・ステートメント「Snow Peak Way」の根幹になりました。「自らもユーザーであるという立場で考え、お互いが感動できるモノやサービスを提供します」——この一文が、以後すべての判断の基準になっていきます。
6期連続売上ダウン——ピンチが生んだ「スノーピークウェイ」
1996年、山井さんは社長に就任します。ところがそこから6期連続で売上が落ち続けます。オートキャンプブームが終焉を迎え、「キャンプは終わった」というムードが漂っていました。
どうすれば立て直せるか。山井さんが考えた答えは「ユーザーの声を直接聞く」ことでした。
こうして始まったのが、今もスノーピークの代名詞となっているキャンプイベント「スノーピークウェイ」です。社員とユーザーが一緒にキャンプをし、焚き火を囲みながら直接話す——その場で語られたユーザーの声は辛辣なものでした。「高すぎる」「お店に製品がない」という声が大多数を占めていました。
山井さんはイベント終了後すぐに朝礼で方針を発表し、大きな改革を断行します。
流通の問題に対しては、問屋経由をやめて直接取引に切り替えました。試算すると、問屋経由では8万円だったテントが、直接取引なら5万9800円で販売できることが分かりました。取引先を従来の4分の1に絞り、日本中を自ら回って交渉を続けます。「お父さんの代から、どれだけのことをしてやったと思っているのか」と言われることもありましたが、後戻りはしませんでした。
結果、2000年から売上は再び増加に転じます。
「会いに行ける会社」——年数千人のユーザーと直接語る
スノーピークウェイは今も年間全国10会場ほどで開催されています。山井さんは毎回必ず参加し、呼ばれたら原則としてすべてのテントを訪問します。その数は年間何千人にもなります。
「私の場合、年間何千人もの顧客に少なくとも2〜3回は会っていることになる。そんな社長は他にどれくらいいるだろうか」
このイベントでは、期間中に製品の販売は行いません。あくまでもユーザーとの接点の場であり、社員はここでユーザーから直接フィードバックをもらいます。「この製品はすごく使いやすい」「こんな点を使いやすくしてほしい」——そうした声が次の製品開発に直結していきます。
山井さんがイベントで大切にしているのは、「キャンプしている友達の1人」として参加することです。「よく考えたら、そういえばこの人がスノーピークの社長だ」という感覚を持ってもらうのが理想——と本書『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』には書かれています。社長とユーザーの垣根を取り払うことが、本当の意味での「ユーザー目線」に必要だと山井さんは考えています。
燕三条という地域から世界に羽ばたいた点で、ツインバードの経営哲学とも共鳴します。
野水重明|ツインバード社長が語った「心にささるものだけを。」燕三条から世界へのものづくり哲学
「永久保証」と「値引きなし」——ブレない品質哲学
スノーピークの製品には保証書がついていません。保証期限を定めず、永久に保証するからです。
山井さんはこれを「驚くことではない」と言います。「メーカーとしてそれだけ自社製品の品質に自信を持っているし、当然のことをしているだけだ」。保証の対象は製造上の欠陥で、経年劣化は対象外。しかしその分、ユーザーが安心して長く使えることを保証します。
この考えの根本にあるのは、ミッション・ステートメントにある「自らもユーザーであるという立場」です。山井さんがユーザーとして嫌だと感じることは2つ——「製品が壊れること」と「使い勝手が悪いこと」。自社製品ではそれをしない、と決めています。
値引きについても同様です。カタログ撮影で使用したテントのアウトレット販売や福袋は例外として、スノーピークは原則として定価販売を貫きます。「100個作って50個しか売れなかったとき、『このペースなら2年ですべて売れる』と捉え、在庫として持ちながら売れるタイミングを待つ」という姿勢です。
この販売スタイルを支えるのは、無借金経営という企業文化です。山井さんが社長になってから、スノーピークは基本的に有利子負債を持ちません。借金がないから、売り急がなくていい。それがロングセラーを生み、ブランドの価値を守ります。
クリエーティブレビュー——「あなたは本当に買うのか」の一言
月1回、山井さんが全開発担当者と対面で行う「クリエーティブレビュー」があります。担当者が自分の製品をプレゼンテーションし、山井さんが1品ずつレビューする、真剣勝負の場です。
山井さんが最終的に製品として出すかどうかを判断するとき、必ず問う言葉があります。
「あなたは本当に買うのか。あなたは本当にこの製品がほしいのか」
自分の身銭を切って買うかと聞かれたとき、「いやあ……」となるようでは不誠実である——そう山井さんは言います。実際、山井さんはスノーピークの製品を自分でユーザーとして少なくとも1000万円以上は買ってきたといいます。
ダメな製品には「今までの製品とどう違うのか」というシンプルな質問を投げかけ、即不採用にします。反対に、行き詰まりそうな製品に対しては「どうしたらいいのか」に対する代案を自分でも出します。
本書『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』では、ランタン「ほおずき」の開発秘話が登場します。最初のサンプルを見た山井さんは「スノーピークのラインアップの中で浮いて見えるから、キャンプのフィールドで使いたくない」と指摘。「風が吹いたら灯りが揺れるようにしたりすれば、自然とシンクロするのではないか」とアイデアを出したことで、キャンドルモードが加わり、現在の形ができあがりました。
同じく「自分が使いたいものを作る」という哲学で独自のブランドを築いた経営者もいます。
「仕事後にキャンプ!」のワークスタイル
スノーピークの本社「ヘッドクオーターズ」は、新潟県三条市のキャンプ場に隣接しています。仕事終わりにそのままキャンプができる環境です。
山井さんは「重要な判断は星空の下でする」と言います。大自然の中に身を置くことで、五感が研ぎ澄まされ、判断力が上がる——これは精神論ではなく、山井さんが長年のキャンプ体験から得た実感です。
社員にはアウトドアが好きな人が集まっています。面接では「アウトドアに関心がない人」は採用しないと山井さんは言い切っています。「確かに優秀かもしれないが、それならば別にスノーピークでなくてもいいのではないか」というのが正直な感覚です。
スノーピークで働くということは、仕事とライフスタイルが深く重なり合うことを意味します。社員はキャンプイベントに休日でも参加し、自社製品を実際に使い、ユーザーと同じ立場でフィールドに立ちます。「キャンプが好き」「アウトドアが好き」というのは、スノーピーカーとしての資質であると同時に、スノーピーク社員の基本条件でもあります。
日報を毎日チェック——「社長はキャンプ中でも見ている」
社員全員が毎日書く日報を、山井さんは必ずチェックします。
キャンプを楽しんでいるときには原則として仕事はしません。しかし日報のチェックだけは例外にしています。パソコンを持ち歩き、インターネットがつながる環境なら間違いなく確認します。
なぜそこまでするのか。日報を毎日読み続けていくと、社員一人ひとりの成長がはっきり見えてくるからです。「去年と比べると、今年はこんなふうに成長してきたのか」「自分で考えて、動いている」——と気づいたときには、山井さんがその社員の日報にコメントを残します。
「〇〇がきちんと実現できている。君の成長が見えて、すごくうれしい」
さらに社員の上司にも気づきを伝え、上司経由でも伝えてもらう。こうして「社長や上司は見てくれているんだな」という実感が生まれ、モチベーションにつながるといいます。
日報は組織管理のツールでもあります。販売データと日報を合わせて読むことで、店舗ごとの課題が浮かび上がってきます。「日報がなければ、物理的な距離のある店舗の場合、機動的に動くのは難しい」と山井さんは言います。
山井太さんのこだわり
本書『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』を通じて、山井さんの経営哲学の核心が見えてきます。
「熱狂的なファンを大切にする」——スノーピークのポイントカードには最高ランク「ブラックカード」があります。累計購入金額100万円以上の保有者は約600人(2014年末時点)。プラチナ以上(年間30万円以上購入)は5500人ほどで、全体の6〜7%にすぎません。しかしこの層が全売上の4分の1を占めます。コアユーザーを最も大切にする——それがスノーピークの成長の源泉です。
「値引きより在庫」——売れなければ値引きするのが業界の常識でした。しかしスノーピークは正価販売を貫き、売れ残った製品は在庫として持ちます。「100個作って50個しか売れなくても、2年で全部売れると捉える」。そのためには財務体質を強固に保つことが前提です。無借金経営がこの哲学を可能にします。
「自分がほしいものしか作らない」——開発担当者に「あなたは本当に買うのか」と問い続けること。山井さん自身が自社製品を1000万円以上買ってきたこと。この一貫した態度が「スノーピーク製品は信頼できる」という評価につながっています。
山井太さんゆかりの地
新潟県三条市(スノーピーク本社・生まれ故郷):清冽な川と深い山が身近にある地で生まれ育った山井さんが、その自然観をビジネスの原点にした場所です。本社「ヘッドクオーターズ」はキャンプ場に隣接し、工場・オフィス・ショップが一体となった施設として2011年に移転。燕三条地域の金属加工技術を活用したものづくりの拠点であり、スノーピークの製品がここで生まれます。
日本各地のキャンプ場(スノーピークウェイ開催地):年間10会場ほどで開催されるスノーピークウェイには、山井さんが毎回参加し、何千人ものユーザーと焚き火を囲みます。北海道から九州まで、日本各地のキャンプ場がスノーピークの「顧客と語る場所」であり、製品改良のヒントが生まれる場所でもあります。
韓国・ソウル(海外展開の拠点):海外売上比率が約35%(書籍執筆時)に達したスノーピークの、アジア展開の要です。韓国では直営とインストアで約30店舗を展開。「現地法人を設立し、小売店と直接取引する」という国内と同じ流通哲学を貫き、スノーピークの世界観をしっかりと伝えています。
山井太さんから学ぶ、3つの教訓
1. 「自分がほしいものを作る」——ユーザー目線の最短経路は自分がユーザーであること
「あなたは本当に買うのか」という問いはシンプルですが、多くの製品開発の場で忘れられています。山井さんが年間30〜60泊のキャンプをし続けるのは趣味ではなく、ユーザー目線を失わないための経営行動です。自分がユーザーであることが、製品への信頼の最大の根拠になります。「最終的に発売したのは自分のほしい製品だけだ」という言葉の重みは、1000万円以上の自社製品購入という事実に裏づけられています。
2. 「真北の方角」を定め、嵐の中でもそこを向き続ける
6期連続売上ダウンという危機の中でも、山井さんはスノーピークウェイを始め、問屋をやめ、ユーザーの言葉を信じて改革を断行しました。「ユーザーの声が正しければ売り上げは伸びていくはず」——この確信はミッション・ステートメントという「真北の方角」があったからこそ持てたものです。ブームの波に乗るのではなく、変わらない価値観を持ち続けることが、長期的なブランド構築の条件です。
3. 「好きなことを仕事にする」——熱量は戦略に勝る
山井さんが語る最も根本的なメッセージは、書籍のタイトルに凝縮されています。好きだから深く知っている。深く知っているから本当に良い製品が作れる。本当に良い製品だから熱狂的なファンが生まれる——この連鎖が、スノーピークの競争優位の正体です。「思考軸がライバル会社に対してどうするかに基づいていて、『好きなことをしよう』という発想が感じられないケースが目立つ。これはとても残念なことだ」という本書の言葉は、すべての経営者への問いかけです。
この記事で語りきれなかった『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』の魅力
本書には、まだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。
一つ目は、ロングセラー「焚火台」の開発秘話です。当時、焚き火で地面を焼いてしまう問題を解決するために開発されたこの製品。「どんな構造がいいのか」を折り紙を使って考えたという開発陣のエピソードが印象的です。逆ピラミッド型のシンプルな構造で、1996年の発売以来ロングセラーを続けています。
二つ目は、海外市場の開拓の話です。アジアでの展開では代理店をほとんど使わず、現地法人を設立して小売店と直接取引するという国内と同じ哲学を貫いています。韓国・台湾でもスノーピークウェイを開催し、ユーザーとの直接対話を続けています。また日本のアウトドア人口(約150万人)が欧米と比べていかに少ないかを示す数字は、今後の成長余地の大きさを示しています。
三つ目は、採用・育成の哲学です。「アウトドアに関心がない人は採用しない」という方針、「開発スタッフが一人前になるには最低でも3年かかる」という育成哲学、そして日報を通じた山井さん自身による社員一人ひとりの成長の見守り——これらが一体となって「スノーピークらしい社員」を育てる文化になっています。
📚 [スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営(日経BP)を読んでみる]
まとめ|山井太さんが教えてくれること
「好きなことを仕事にしよう」——山井さんが伝えるメッセージはシンプルです。しかし本書を読めば、それが単なるきれいごとではなく、6期連続売上ダウンという危機を乗り越え、世界25カ国にブランドを広げた実践の裏に支えられた言葉だとわかります。
自らがユーザーであり続ける。真北の方角を定め、嵐の中でも向き続ける。熱狂的なファンと焚き火を囲んで語り合う。製品には「あなたは本当に買うのか」と問い続ける——これらすべてが「好きなことだけを仕事にする」という一言に収斂します。
本書『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』は、アウトドアメーカーの話でありながら、どんな業種の経営者にも、「自分はなぜこの仕事をしているのか」を問い直すきっかけを与えてくれます。ぜひ手に取ってみてください。
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参考文献:山井太『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』(日経BP)
