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「タイガースが、ジャイアンツに3連勝しました」
これを英語で言おうとすると、「3連勝」でつまずく——。
松田憲幸さんが『売れる力』の冒頭で書くこのシーンは、1985年のことです。大阪の街が阪神タイガースの日本シリーズ優勝で狂喜乱舞する中、当時大学生の松田さんはふと「バースの通訳になれないかな」と思います。英語への憧れと苦手意識が同居した、この原体験がやがてポケトークを生み出します。
それから32年。2017年12月に発売したAI通訳機「ポケトーク」は発売11日で売り切れ、累計販売台数50万台・シェア95%を超える空前のヒット商品になりました。明石家さんまさんを起用したCMとともに「通訳機といえばポケトーク」の認知が定着します。
しかしポケトークが突然生まれたわけではありません。日本IBMを退職してソースネクストを創業し、1980円という破壊的な価格でパソコンソフトを年間500万本売り、7年間業界1位を守り続けた——その蓄積のすべてがポケトークにつながっています。
本書『売れる力』は、その発想法の全記録です。
松田憲幸の経営思想を一言で表すと「言葉の壁をなくす」というミッションに基づき、価格・パッケージ・タイミングの三つを最適化し続けることで「売れる」を生み出すことである。1980円の価格破壊からポケトークの誕生まで、すべての判断がこのミッションから一本の線でつながっている。
目次 表示
- 松田憲幸さんはどのような人物か(基本プロフィール)
- なぜ松田憲幸さんは100万円の英会話教材を買ったのか——原点としての「英語コンプレックス」
- 「1980円で10倍売れた」——なぜ松田憲幸さんは業界常識の価格を5分の1にしたのか
- 「開発費から売価を決める合理性はない」——なぜ「お客様の都合」で価格を決めるのか
- 「クラウドサービスを箱に入れて売る」——なぜEvernoteとDropboxは量販店の棚に並んだのか
- 「さんまさんしかいない」——なぜポケトークのCM起用は迷わず決断できたのか
- 「シリコンバレーに住む」——なぜ上場企業の社長が日本を離れたのか
- 松田憲幸さんのこだわりとは?
- 松田憲幸さんゆかりの地とは?
- 松田憲幸さんから学ぶ、3つの教訓とは?
- この記事で語りきれなかった『売れる力』の魅力とは?
- まとめ|松田憲幸さんが教えてくれること
- よくある質問
- 関連記事
松田憲幸さんはどのような人物か(基本プロフィール)
| 氏名 | 松田憲幸(まつだ のりゆき) |
| 生年 | 1965年5月28日、兵庫県姫路市生まれ |
| 学歴 | 大阪府立北野高等学校→大阪府立大学工学部数理工学科卒業(1989年) |
| 経歴 | 日本アイ・ビー・エム入社(システムエンジニア)→1993年トリプル・エー設立→1996年ソース(現ソースネクスト株式会社)創業→2006年東証マザーズ上場→2008年東証一部上場→2012年シリコンバレーに移住→2017年ポケトーク発売→2022年ポケトーク株式会社設立・代表取締役社長兼CEO就任、現ソースネクスト会長兼CEO |
| 主な実績 | 日本一PCソフト販売本数(7年連続)。「ZERO ウイルスセキュリティ」で業界常識の年間更新料を0円に。Evernote・Dropboxなどクラウドサービスの箱売り。ポケトーク累計販売50万台超・シェア95%。ソフト累計5000万本販売 |
| 著書 | 『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』(ダイヤモンド社) |
なぜ松田憲幸さんは100万円の英会話教材を買ったのか——原点としての「英語コンプレックス」
「英語と苦手意識」——松田さんの経営哲学の根底には、この個人的な原体験が流れています。
大学時代、「これからの時代は英語とコンピュータだ」という教授の言葉に触発され、英会話スクールへ通い始めます。詐欺まがいの勧誘で50万円の教材を契約しかかったものの、より気に入った別の教材を100万円で購入することに。
「払った分は元を取ろう」と1000時間通うことを決め、実際に通い切ります。TOEIC870点を取得。日本IBMに入社し、ニューヨークのプロジェクトにも抜擢されます。
それでも「ネイティブのようにはとてもなれない」という壁を感じ続けます。この体験が後に「バベルの塔プロジェクト」を構想させ、最終的にポケトークを生み出す原動力になりました。
「大人になってから英語をマスターしようとすると、どれだけコストがかかるか。だから、翻訳機だ!と思ったのです」——本書『売れる力』に書かれているこの言葉が、すべての出発点です。
「1980円で10倍売れた」——なぜ松田憲幸さんは業界常識の価格を5分の1にしたのか
ソースネクストが急成長した最大の転換点は、2003年の「1980円均一」戦略です。
当時のパソコンソフト市場は1本1万円以上が標準でした。松田さんはこれを一律1980円にすると決め、「100タイトルプロジェクト」を立ち上げます。全国のソフトウェア会社に頭を下げてまわり、「御社のこのソフトを1980円で売らせてもらえませんか」と交渉。「1980円?ふざけるな」という反応も珍しくありませんでした。
しかし試験的に「特単」(タイピングソフトの英単語版)を1980円で販売してみると、驚くべき結果が出ます。10倍の本数が売れたのです。
松田さんはこう考えました。映画「タイタニック」は制作費240億円かかっても入場料は1800円。CDのシングルは1000円。制作費がいくらかかろうが、売価は市場が決める——ならばソフトウェアも同じはずだ。
5分の1の価格で10倍売れれば、売上は2倍になります。計算すれば明らかなのに、業界全体が「たくさん開発費をかけたから高く売る」という逆の論理で動いていました。
結果、1980円のソフトは年間500万本・約100億円規模に成長。この年から7年間、ソースネクストはマイクロソフトを抜いて日本のパソコンソフト販売本数1位になります。
「これがソースネクストにとって、将棋でいう『王手飛車取り』になった」と松田さんは書いています。
「開発費から売価を決める合理性はない」——なぜ「お客様の都合」で価格を決めるのか
本書『売れる力』で繰り返されるのは「お客様の都合」という視点です。
松田さんが1980円戦略を打ち出したとき、周囲から「ソースネクストは開発費が安いからできる」という批判が出ました。しかし松田さんの反論は明快です。
「売価は、かけた開発費ではなく、市場が決めるものだ」
量販店からも最初は「1980円では利幅が薄い」という声が上がりましたが、桁違いの本数が売れると一変。「値下げ効果はとても大きかった」と松田さんは振り返ります。
同じ論理で、アドビで3万5000円するPDF作成ソフトと同ジャンルの「いきなりPDF」を1980円で発売します。「オフィス全社員分に買った」という声が続出する大ヒットになりました。価格を変えることで、市場そのものが広がる——この発想が一貫しています。
さらに、ウイルス対策ソフト「ZERO ウイルスセキュリティ」では業界常識だった年間更新料(約5000円)を0円にします。「安全のために毎年お金をとるのはおかしい」という判断から、更新料0円・売り切り制に変えたことで市場を大きく広げました。
「クラウドサービスを箱に入れて売る」——なぜEvernoteとDropboxは量販店の棚に並んだのか
ソースネクストが業界の常識を破ったのは価格だけではありません。
クラウドサービスが台頭し始めた2013年頃、松田さんはEvernoteとDropboxの日本での販売権を取得し、「クラウドサービスを箱に入れて量販店で売る」という誰もやっていない手法を打ち出します。
当時、クラウドサービスはインターネットでダウンロードするもの、というのが世界の常識でした。わざわざ「箱」にして量販店に並べることを、社内でも批判する声がありました。
しかし松田さんはやってみます。結果、大きなニュースになり、たくさんのメディアに取り上げられました。「ソースネクストがクラウド時代にも対応している」というアピールにもなりました。
「EvernoteとDropboxを持っている会社だと言うと、日本に進出を考えているクラウドサービスの会社がどんどんアプローチしてくれるようになった」——2社の成功事例が次の交渉のドアを開けるという連鎖も生まれました。
「さんまさんしかいない」——なぜポケトークのCM起用は迷わず決断できたのか
2017年のポケトーク発売にあたって、松田さんが決断したのが明石家さんまさんのCM起用でした。
周囲からは「出演料が高すぎる」という声が上がりましたが、松田さんの考え方は違いました。
「出演料というのは年に1回だけの投資。それ以上にお金がかかるのは、CMの電波枠を買う費用。そこに数億円なり数十億円なり必要で、露出を増やすほど積み上がっていく。だったら、その電波代に見合った効果が得られるタレントにお願いしたほうがいい」
「トーク」といえばさんまさん。日本で最も「話す」イメージがある人が、会話の翻訳機の顔になる——この結びつきの強さは、別のタレントでは代替できないと確信していました。
さんまさんのCMが始まると、家電量販店の売り場では等身大パネルとともにポケトークが積まれる状態に。「CMから売り場まで一気通貫で結ばれた」ことが、発売11日での売り切れにつながります。
ポケトークが18年越しの夢の産物であることも本書に記されています。「バベルの塔プロジェクト」として翻訳機の構想を抱いていたのは2000年代初頭。当時の技術では実現できなかったAI翻訳エンジンが、ディープラーニングの進化によってついて使えるレベルになった——「絶好のタイミングに備え、ずっと待っていた」という発想が実を結びました。
「誰も考えなかった価格と方法で市場を作る」という発想法を持つ経営者は他にもいます。
「シリコンバレーに住む」——なぜ上場企業の社長が日本を離れたのか
2012年、松田さんはシリコンバレーに移住します。上場企業の社長が本社を日本に置いたまま海外に移り住むという、当時ほぼ前例のない決断でした。
背景には苦い反省がありました。スマートフォンへの移行という大きな潮流を読み誤り、ソースネクストは経営危機に直面していたのです。
「1丁の大きな潮流をつかむには、1丁の総本山のシリコンバレーに移り住んでしまうことが最善の策だ」——大前研一さんの言葉「人間を変えるには住む場所を変えるか、時間配分を変えるか、付き合う人を変えるしかない」にならい、三つすべてを変えることにしました。
移住してみると、効果は想像以上でした。「シリコンバレーに住んでいる」と言うだけで、相手の反応が全く変わります。出張では「来週も会えます」と言えなかったのが、住んでいれば「いつでも会える」になる。「手塩にかけた製品を誰に預けるか」というとき、知らない国に住む人間より、近くにいる人間のほうが安心できる——このアメリカ人の感覚を肌で理解できるようになりました。
シリコンバレーに社長が住んでいることで、ソースネクストが扱う海外製品は加速度的に増えます。ロゼッタストーン日本法人の買収にもつながり、「言葉の壁をなくす」というミッションがより強固になりました。
松田憲幸さんのこだわりとは?
本書『売れる力』を通じて、松田さんという経営者の核心が見えてきます。
「全社員に手書きの誕生日カード」:本書の第6章で語られる、松田さんが8年間続けている習慣です。毎月十数通、社員全員の誕生日に手書きでカードを書く。清書より原稿作りに時間がかかり、書く内容のために上司からのヒアリングも必要。「私にとっては130分の1ですが、社員一人ひとりにとっては1分の1なので、常に丁寧に書く」。「社長から誕生日カードをもらったんだよ」と子どもに見せる社員の声を聞き、この取り組みを続けています。
「70歳以上の社外取締役を揃える」:松田さんが上場前から実践してきた取締役会の構成原則です。元商船三井社長・日本郵政公社初代総裁の生田正治さん(84歳)、元ソニー社長の安藤国威さん(77歳)など、自分の親世代の方々をあえて迎える。「経営者はアグレッシブで大胆。やり残したことがあるのかと思えるくらいアクセルを踏まれる」——若い自分にとってブレーキ役ではなくアクセル役になっているのが意外で刺激的だと書いています。
「1700万人の顧客基盤を自社資産にする」:ソフトウェアのユーザー登録制度の結果として積み上がった1700万人の顧客データベース。新製品のメールを送ると大きな反響がある。テレビを買ってユーザー登録する人が1%以下なのと対照的に、ソフトウェアは「サポートを受けるために登録する」という構造が顧客基盤を作りました。この資産がポケトーク販売時にも大きく機能します。
松田憲幸さんゆかりの地とは?
シリコンバレー・パロアルト(現住所・ビジネスの拠点):2012年から移り住んだシリコンバレーは、松田さんの思考と経営スタイルを根本から変えた場所です。アップル本社のあるクパティーノからパロアルトへ。週末のホームパーティーに家族で参加し、アメリカ人の経営者と対等に関係を築く——「会わずに済むアメリカだからこそ、あえて会う」という交渉哲学もここで生まれました。
大阪・阪神タイガースの街(原点):1985年の日本シリーズ優勝で沸く大阪の街で「バースの通訳になれないかな」と思った大学生が、英会話スクールに100万円を使い、1000時間通い、TOEIC870点を取り、日本IBMに入り、シリコンバレーに移り住み、ポケトークを作った——すべての出発点は大阪の野球熱と英語コンプレックスでした。
東京・家電量販店の店頭(事業の最前線):松田さんが創業当初から続けてきた「自分で店頭に立つ」という習慣の場所。ソフマップの店員が「わざわざ売りに来なくても」と言っても、できるだけ自分で店頭に立ち続けた。「お客さまは中身より『ネーミングやパッケージ』を見て買っている」という発見も「レジまで持っていっていただかないと売上が立たない」という本質理解も、現場から生まれました。
松田憲幸さんから学ぶ、3つの教訓とは?
1. 「開発費から売価を決める合理性はない」——価格は市場が決める
「1万円のものが1000個売れるより、1980円のものが1万個売れるほうがはるかに実入りは大きい」——この計算を誰もがわかりながら、業界慣習に縛られて実行しなかった。松田さんは「やってみなければわからない」と実行しました。価格を下げることで市場が広がり、新しいユーザーが生まれ、総売上が増える——この逆転の発想は、あらゆる業種の商品開発と価格設定に応用できる原則です。
2. 「ミッションがぶれをなくす」——矛盾に見える事業も一本の軸でつながる
語学学習ソフト(ロゼッタストーン)を売りながら、語学を不要にする翻訳機(ポケトーク)も売る——一見矛盾しています。しかし「言葉の壁をなくす」というミッションから見れば、どちらも同じ方向を向いています。ミッションが明確であれば、異なる事業が一本の軸でつながり、判断がぶれなくなる。この原則を松田さんは「社内がブレることはありません」と表現しています。
3. 「絶好のタイミングに備える」——夢は18年寝かせていい
ポケトークの原型となる「バベルの塔プロジェクト」は2000年代初頭に構想されました。当時の技術では実現できなかったが、ディープラーニングの進化を待ちながら準備を続け、技術が実現可能になったときに一気に市場を取りました。「売れるタイミング」を読み、そこに向けて長期間備え続けることが、爆発的なヒットを生む条件の一つだと松田さんは考えています。
この記事で語りきれなかった『売れる力』の魅力とは?
本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。
一つ目は、「特打」の誕生秘話です。「一本指打法」が当たり前だった時代に「日本はこのままでは世界に取り残される」という危機感から、タイピング練習ソフト「特打」を開発します。月2万本のペースで売れる大ヒット商品になり、ソースネクストが世に知られるきっかけになりました。ネーミングの秘密(「特打ち」の「特別な打法」という意味と「特価打ち出し」の二重の意味)も本書に詳述されています。
二つ目は、経営危機のリアルな告白です。スマートフォンへの移行という潮流を読み誤り、ソースネクストが債務超過寸前に陥った時期の話が第4章に率直に書かれています。「失敗を隠さない」という姿勢で語られるこの体験が、シリコンバレー移住という次の決断につながります。苦境を経て「絶対に次のトレンドを逃さない」という覚悟が生まれた、転換点の記録です。
三つ目は、「三方よしの交渉術」です。松田さんが「交渉の極意は相手のWin(勝利)を理解すること」と語る第5章の交渉論。「たくさん儲けましょう」とはっきり言う。相手の利益を前提にして自分の利益を提案する——エンジニア出身で営業経験のなかった松田さんが、シリコンバレーでの実戦から体得した交渉哲学が詳述されています。
まとめ|松田憲幸さんが教えてくれること
1980円でパソコンソフトを年間500万本売り、シリコンバレーに移住し、さんまさんを起用し、18年温め続けた翻訳機のアイデアをポケトークとして実現した——その軌跡に一本の線を引くと、それは「言葉の壁をなくす」というミッションです。
価格を下げれば市場が広がる。常識を疑えば新しいビジネスが生まれる。タイミングを読み、長期間備え続ければ絶好の機会を掴める——これらは「特別な才能」ではなく、徹底した「お客様の都合で考える」という習慣から来ています。
本書『売れる力』は、商品開発・価格戦略・組織論・グローバル展開まで松田さんの思考を全方向に語った一冊です。ぜひ手に取ってみてください。
よくある質問
Q: ポケトークはなぜ2万9880円という高価格でも95%のシェアを取れたのですか?
A: 明石家さんまさんのCMによる「通訳機といえばポケトーク」という認知構築、家電量販店での圧倒的な売り場占有、74言語対応というスペックと高精度の翻訳品質の三つが重なりました。「中身がなければ高くても売れない、中身があれば高くても売れる」という松田さんの価格哲学の実践形でもあります。
Q: 松田憲幸さんはなぜシリコンバレーに移住したのですか?
A: スマートフォンへの移行というトレンドを読み誤りソースネクストが危機に陥った反省から、「ITの大きな潮流はITの総本山で掴む」と決断しました。移住後は住んでいるだけでアメリカ企業との関係構築が加速し、扱う製品が急増。「住む場所を変えることで、時間・付き合う人・思考の三つすべてが変わる」という効果を実感したと語っています。
Q: 松田憲幸さんのおすすめの著書は何ですか?
A: 本書『売れる力』(ダイヤモンド社)がソースネクスト創業からポケトーク誕生までを包括的に語る唯一の著書です。価格戦略・商品開発・組織論・グローバル展開と多岐にわたる内容が詰まっており、起業家・マーケター・商品開発担当者に特におすすめします。
関連記事
→ 「誰もやっていない価格と方法で新市場を切り拓いた」という発想法が重なる経営者
→ 「長年温めたアイデアをタイミングを見計らって実現した」経営者
→ 多くの成功者に共通する挫折と立て直しのパターン
参考文献:松田憲幸『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』(ダイヤモンド社)

