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谷田千里|タニタ社長が語った「日本活性化プロジェクト」社員を個人事業主に変える働き方革命

タニタ代表取締役社長・谷田千里さんの書籍『タニタの働き方革命』を紹介する記事のアイキャッチ画像

「残業削減だけやっていたのでは、日本は沈没する」

谷田千里さんは、そう言い切ります。

働き方改革の名のもとに「残業時間の削減」が叫ばれていた2019年。法律で定められた上限を超えれば刑事罰もあり得るとされたことで、企業経営者の関心は残業ゼロに集中していました。しかし谷田さんはこう問いかけます。「もし日本中の企業が残業撲滅に邁進し、ほとんどの人が一日8時間きっかり働くようになったとして、働く人たちは皆、幸せになれるのでしょうか? 日本経済は良い方向に向かうのでしょうか?」

谷田さんの答えは「NO」でした。

従来の低い生産性に手をつけないまま、うわべだけの残業削減を進めてしまえば、企業が生み出す商品・サービスの付加価値は下がる。売上は減少し、社員の収入も減らざるを得ない。そこに「働き甲斐」はあるのでしょうか。

だからタニタは、まったく別の問いを立てました。「どうすれば優秀な人材が主体性を持って働き、かつ報われ感を最大にできるか」——その答えとして生まれたのが、「日本活性化プロジェクト」です。

本書『タニタの働き方革命』は、希望社員を雇用から業務委託(個人事業主)へと転換する、タニタオリジナルの制度の全貌を公開した一冊です。制度の設計から課題、現場の本音まで、ありのままを記録しています。


谷田千里さんの基本プロフィール

氏名谷田千里(たにだ せんり)
生年1972年
役職株式会社タニタ 代表取締役社長
経歴大学卒業後コンサル会社(船井総合研究所)に就職→アメリカ駐在中に社長就任を要請され帰国→タニタ代表取締役社長に就任。タニタ食堂、タニタ健康プログラムなどの事業を主導
主な実績2010年のレシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』大ヒット、2012年「丸の内タニタ食堂」オープン。2017年「日本活性化プロジェクト」スタート(社員の個人事業主転換制度)。厚生労働省「健康寿命をのばそう!アワード」受賞
著書『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社)

「働き方改革の本質」が見失われている——制度誕生の問題意識

谷田さんが「日本活性化プロジェクト」を考え始めたのは、純粋なビジネス上の危機感からでした。

「優秀な人材が辞めていく」

本社で働く社員が200人程度の中堅企業タニタにとって、一人ひとりの「辞める・辞めない」は死活問題です。特に、専門的なスキルや豊富な経験を持つ中堅社員が、より好条件を求めて転職していく——この現実に対して、谷田さんは従来の雇用の枠組みのままでは答えられないと感じていました。

「できれば『働き甲斐』やその方向からの『生産性』についてもっと突っ込んだ議論が欲しかったと思いますが、それらは置き去りにされてしまった感があります」

残業を規制すれば「ブラック企業」と呼ばれなくなる。しかしそれで問題は解決するのでしょうか。一人ひとりが持てる能力を最大限発揮し、活躍できるようにすることこそが「働き方改革」の原点だったはずです。それが「残業削減」に矮小化されてしまっている——谷田さんの問題意識はそこにありました。


美容室での「気づき」——制度のアイデアが動き出した日

「日本活性化プロジェクト」の構想の起点は、意外にも美容室でした。

2014年、谷田さんはメディアトレーニングの際に紹介された美容室「パームス」に通い始めます。店長と話す中で、「実は、ここのスタイリストたちは個人事業主として独立して、なおかつ以前と同じようにこの店で働き続けている」という話を聞きます。しかも、それをサポートしている会計事務所があるというのです。

これが、ぼんやりと考えていた「社員の個人事業主化」の構想を大きく前進させます。

「優秀な人材が自由に働きながら、タニタの仕事を続けてくれる仕組みができないか」——その答えが、ここにありました。

大阪のエムアンドエム税理士法人へ直談判に乗り込み、「先生、こちらは至って本気です! なんとか制度づくりに協力してくださいよ」とねばり続ける。最終的に根負けしてもらい、制度の具体的な検討が始まりました。


「日本活性化プロジェクト」とは何か——雇用から業務委託へ

本書『タニタの働き方革命』が最も詳しく解説するのは、この制度の仕組みです。

核心は「社員を辞めて個人事業主になりながら、タニタの仕事を業務委託で続ける」というものです。外見上は何も変わりません。同じ職場で、同じ仕事をする。しかし身分が「社員」から「個人事業主」になることで、大きな変化が生まれます。

手取り収入の増加:会社員は給与から所得税が引かれますが、個人事業主は「売上から経費を引いた課税所得」に対して税率が決まります。通信費、交通費、交際費、自宅を事務所として使う場合の家賃の一部——これらを経費として計上することで課税所得が下がり、結果として手取り収入が増えます。年収1000万円相当の手取りの場合、うまくいけば100万円以上増えるケースもあります。

働き方の自由度向上:「基本業務」と「追加業務」に仕事を分け、追加業務には成果報酬が上積みされます。働く時間や場所の制約も減り、タニタの仕事を続けながら社外の仕事を請け負うことも可能になります。

タニタ側のメリット:会社としては、優秀な人材に自分ごととして主体的に働いてもらえること、社外で得たスキルや人脈が還元されること、そして働く人のモチベーションが上がることへの期待が大きいといいます。

2017年1月、まず8名でスタートを切り、その後段階的に拡大していきました。


こうした「雇用の常識を疑う」発想は、谷田さんだけのものではありません。他の経営者の事例もあわせて見ることで、より深く理解が深まります。


退職届を受け取る瞬間——制度スタートの緊張感

2016年末、制度設計を一緒に担ってくれた総務部長が谷田さんのもとに退職届を持ってきました。

「千里さん、退職届を持ってまいりました」

「え——? ああ、そういうことか」

当たり前のプロセスではあります。個人事業主になるには、いったん退職しなければならない。しかし谷田さんは、実際に退職届を受け取るシーンまでは想像していませんでした。その総務部長は、退職届を書きながら手が震えたといいます。

「そんな想いの詰まった退職届を受け取りながら、私自身も、身が引き締まる思いがしました」——本書にはそう書かれています。

制度は「強引にスタート」させたとも谷田さんは正直に認めています。役員からの反発もあったため、「もし谷田が社長の任をはずれることになった場合は中止し、その時点ですでに個人事業主になった者は本人が希望すれば同等以上の条件で社員に戻れる」という覚書を交わしてのスタートでした。


「タニタが好きな人が独立する不思議」——現場の本音

本書『タニタの働き方革命』の第2部では、制度に参加した4人の社員へのインタビューが収録されています。その言葉が興味深い。

タニタ公式ツイッターの「中の人」(フォロワー数約28万人を育てた男性)はこう語っています。「不思議なんですが、私自身も、多分とてもタニタが好きなんです。逆にタニタが好きな人が活性化プロジェクトのメンバーに手を挙げているんじゃないかという気さえしています」。

会社が好きなのに、なぜ社員を辞めるのか——。「社員のままでいるより自分の仕事のレベルが上がる気がするので、それを還元したい」という言葉がその答えです。

開発部の女性研究者は、名刺に「よろず解析屋」という肩書きを自分でつくり、個人指名での講演依頼が年間10件以上来るようになりました。「以前は断るしかなかった仕事を、今は自分で交渉して受けられるようになった」と話します。

課題も正直に語られています。「休みがない。タイムマネジメントをどうするのかが私の課題です」という声。「『基本業務』と『追加業務』の切り分けが難しい」という現場の葛藤。「確定申告のノウハウがなくて領収書を集め損なった」という笑えない失敗も。

制度を賛美するだけでなく、こうしたリアルな課題を包み隠さず書いているところが本書の誠実さです。


「仕事はいくら?」という発想を社内に定着させる

谷田さんが制度に期待するもう一つの効果があります。社内に「仕事の値付け」という感覚が根づくことです。

従来のメンバーシップ型企業では、業務内容が曖昧なため「同じ給与なのに次々と新たな業務が付け加えられる」という事態が起こりやすかった。しかし個人事業主に発注する形になれば、「この仕事はいくら」という価格感覚が自然と生まれます。

「悪いけどちょっとこれもお願い」と気軽に頼んでいたことも、「仕事」として発注するとなると頼む側も金額を意識するようになる。個人事業主になったメンバーも、高くふっかければ仕事は取れないから相場を意識する。こうして「仕事に対する報酬」が明確化していく——それが制度の副次的な効果です。

谷田さんはこれを「ジョブ型企業に近づく」と表現しています。雇用形態を変えることで、「何の仕事をするか」が明確になり、「その成果に対していくら払うか」が可視化される。日本の曖昧な雇用文化を変えていくためのひとつの実験でもありました。


組織はどう変わったか——外部コンサルの客観評価

制度スタートから2年後、外部の人事コンサルティング会社が組織診断を行いました。その結果が本書の巻末に収録されています。

活性化プロジェクトメンバーで最も顕著に上昇したのは「相互信頼」(偏差値で10ポイントの上昇)でした。また「失敗からの学習」も上昇。一方で「整理整頓」は下がっており、自由度が高まった分、管理面での課題も出ていることが読み取れます。

制度に参加しなかった一般社員についても、この2年間で社員数が約35%増加したにもかかわらず、「ビジョン共有」「顧客からの学習」など多くの項目で偏差値が上昇しました。「社員が増加する時は組織の求心力が失われることが多い中、珍しい事例」と外部コンサルタントは評価しています。

「日本活性化プロジェクト」は、参加したメンバーだけでなく、組織全体に良い刺激を与えていたのです。


谷田千里さんのこだわり

本書『タニタの働き方革命』を通じて、谷田さんの経営哲学が浮かびあがります。

「課題もありのままに書く」——本書では、制度のメリットだけでなく、現場の不満や運用上の困難、役員からの反発まで正直に記述されています。「日本活性化プロジェクトはまだまだ発展途上で課題も多々あります」という冒頭の一文がその姿勢を象徴しています。完璧な制度として紹介するのではなく、「議論のたたき台に」という意図で書いているのが谷田さんらしさです。

「ネーミングに本気を出す」——「タニタ健康プログラム」という名前を後悔しているという告白がプロローグにあります。内容は良いのに名称から汎用性が伝わらない、と。だから今度こそは「日本活性化プロジェクト」という、大げさかもしれないけれど本質を表す言葉を選んだ。「口幅ったいのですが、批判も覚悟であえてこの名にした理由は危機感と、一度の失敗への反省です」——この正直さが谷田さんの言葉に重みを与えています。

「しつこく直談判する」——税理士法人への2回の直談判、役員への粘り強い説得。谷田さんのスタイルは「会議で決める」ではなく「自分が動く」です。美容室での雑談から制度の糸口をつかむ行動力も含めて、アイデアを形にするまでの執念が随所に見えます。


谷田千里さんゆかりの地

東京・板橋区(タニタ本社):1944年創業の老舗計量器メーカーとして知られるタニタの本社。「体脂肪計」「体組成計」など健康機器で知られるとともに、レシピ本や社員食堂など「健康総合企業」としての転換を主導してきた場所です。「日本活性化プロジェクト」もここから動き出しました。

東京・丸の内(タニタ食堂の発信拠点):2012年にオープンした「丸の内タニタ食堂」は、2010年のレシピ本ヒットを受けて実店舗化したもの。メーカーがレシピ本を出し、直営食堂を開くという「異分野への踏み出し方」が、後の「日本活性化プロジェクト」につながる思考の柔軟性を示しています。

大阪(エムアンドエム税理士法人との接点):制度設計の要となった税理士法人がある地。谷田さんが大阪まで直談判に乗り込み、2回目の訪問でようやく動き出した——このエピソードが「日本活性化プロジェクト」誕生の転換点でした。


谷田千里さんから学ぶ、3つの教訓

1. 「残業削減」より「働き甲斐」——問いの立て方が改革の質を決める

「働き方改革=残業削減」という問いの立て方では、答えも「残業を減らす」にしかなりません。谷田さんは問いを「どうすれば一人ひとりが主体性を持って働き、報われ感を感じられるか」に変えた。問いが変われば、答えもまったく変わります。「問いの質が改革の質を決める」——これはタニタの働き方改革を超えた、あらゆる組織変革への教訓です。

2. 「うわべだけの変革」を避ける——課題もさらけ出す誠実さ

「日本活性化プロジェクト」は、賛否両論、課題だらけのまま世に公開されました。役員の反発も、現場の不協和音も、「領収書を集め損なった」という失敗も、すべて本書に書かれています。谷田さんはこれを「議論のたたき台」と位置づけました。課題を隠して美しく見せようとすれば、他社には参考にならない。課題をさらけ出すことが、本当の意味での「社会への貢献」だという発想です。

3. 「人が会社に合わせる」から「会社が人を活かす」へ——雇用の再設計

「終身雇用という大前提が崩れてきている。いま就職活動をしている学生の7割は将来の転職を視野に入れている」——谷田さんはこの現実から目をそらしません。ならば、従来の雇用の枠組みのままで「人材を繋ぎ止めよう」とするのではなく、人が主体的に働ける仕組みを会社側が設計し直す。「会社と社員の親子関係から、会社と個人の対等な関係へ」という転換は、日本の雇用文化そのものへの問いかけです。


この記事で語りきれなかった『タニタの働き方革命』の魅力

本書にはまだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。

一つ目は、「いきつけの美容室」での発見の詳細です。美容師の個人事業主化を支援していた会計事務所が、たまたま谷田さんが以前コンタクトを取ろうとしていた先輩と同じ事務所で働いていたという偶然の連鎖——「縁は思わぬところにある」という実感が生き生きと語られています。

二つ目は、社内の「不協和音」をリアルに記録した「誌上座談会」です。活性化プロジェクトメンバーの上司たちが、制度への戸惑い、「はみ出し者扱いされるのでは」という不安、指揮命令系統の混乱——それぞれの本音を語っています。制度を推進する側の声だけでなく、現場で一緒に働く管理職の視点から見た「課題」は、他社が同様の制度を導入する際の重要な参考情報になります。

三つ目は、タニタ健康プログラムの誕生秘話です。「業務命令として無理やり全社員に使わせた」自社の健康管理商品が、社員の平均体重を3.6kg減らし、社内医療費を1割近く削減したという発見——これが「健康総合企業」としてのタニタの方向性を決定づけました。タニタ食堂もこのデータがなければ生まれていなかったかもしれません。

📚 [タニタの働き方革命(日本経済新聞出版社)を読んでみる]


まとめ|谷田千里さんが教えてくれること

「残業削減だけやっていたのでは、日本は沈没する」——この言葉で本書は始まります。

タニタが「日本活性化プロジェクト」を立ち上げたのは、大企業でも政府でもなく、本社社員200人程度の中堅メーカーです。「タニタの活性化」ではなく「日本の活性化」と冠したのは、自社の実験を社会に開くという覚悟のあらわれでした。

制度はまだ発展途上で、課題は多い。でも谷田さんは「課題もありのままに書く」という姿勢で、その現実を世に示しました。「議論のたたき台」として。

「働き甲斐」をどう生み出すか——この問いは、どんな規模の組織でも、今後ますます避けられなくなっていきます。
本書『タニタの働き方革命』は、その問いへの一つの実践的な回答です。ぜひ手に取ってみてください。


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参考文献:谷田千里(編著)『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社)