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「ま、とりあえず2、3ヶ月やってみよか」
2006年、大阪市城東区蒲生4丁目。お笑いタレントのたむらけんじさんは、義母が巻き込まれたトラブルを解決するために、義母が経営していた焼肉屋を引き継ぐことを決めました。飲食店経営の経験はゼロ。まさに「ド素人」のスタートでした。
ところが1ヶ月半後、店の外には連日行列ができ、警察から苦情が入るほどの大繁盛に。テレビ取材が殺到し、「炭火焼肉たむら」は大阪を代表する焼肉店のひとつになっていきました。
なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか——。
たむらけんじさんの経営論『なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか?』をもとに、その哲学7つを解説します。
目次 表示
- たむらけんじさんの基本プロフィール
- 「2、3ヶ月やってみよか」——義母を助けるために始まった焼肉屋
- 経営哲学①|「飲食店はオーケストラ」——すべてが調和して初めて繁盛する
- 経営哲学②|ド素人だから気づけるコストカット——「業界の常識を疑ってかかれ」
- 経営哲学③|「明るいコ」採用基準——面接では隠しようがない唯一の才能
- 経営哲学④|「オカマの目」と「オカンの心」——最強のサービスの正体
- 経営哲学⑤|「仕事で嫌われ、人として好かれろ」——指導者としての覚悟
- 経営哲学⑥|「追わない」——仕事を失いそうになった経験が教えてくれたこと
- 経営哲学⑦|「妄想からすべては始まる」——ゲーム感覚で経営をやり続ける
- たむらさんの失敗談|「いきり」が生んだ2号店の誤算
- たむらさんのこだわり
- たむらさんゆかりの地
- たむらさんから学ぶ、経営者への3つの教訓
- この記事で語りきれなかったたむらさんの魅力
- まとめ|たむらけんじさんが教えてくれること
たむらけんじさんの基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | たむらけんじ(田村謙治) |
| 出身 | 大阪府 |
| 経歴 | 1992年コンビ「LaLaLa」結成→1999年解散→ピン芸人→2006年炭火焼肉たむら創業 |
| 主な実績 | 炭火焼肉たむら1〜3号店開業・株式会社田村道場代表取締役 |
| 座右の哲学 | 「ド素人だから見えてくることがある」「追わない」 |
| こだわり | 週7回外食、ジャズのBGM、トイレ掃除 |
| ゆかりの地 | 大阪市城東区蒲生4丁目(1号店・原点)、大阪市中央区南船場(2号店)、名古屋栄(3号店) |
「2、3ヶ月やってみよか」——義母を助けるために始まった焼肉屋
一級建築士だった義父が内装を手掛け、義母が長年経営してきた焼肉屋。BSE問題で売り上げが落ちた後も盛り返し、月600万円ほどで安定していたところに、義母がちょっとしたトラブルに巻き込まれました。そのトラブルを軽くする一番の方法は、たむらさんが店を引き継ぐことだという結論に至ります。
「どうやら僕の出番やな。お義母さんを助けな」
覚悟を決めるのは早かった。飲食店の経営には漠然とした興味もあった。ただし、リニューアル期間はたった2週間。「常連さんや地元の人から『あそこ、アカンようになって辞めてたんちゃうか』と思われるから」という理由でした。
スタッフから「そりゃ無理ですわ」と言われながらも、先にゴールを決めてガムシャラに突っ走っていく——このド素人ならではの無謀さが、繁盛の第一歩でした。
開業資金1号店はわずか400万円。「金を掛けないのが商売の醍醐味や」という尊敬する経営者Nさんの言葉を胸に、天井を黒く塗りつぶし、壁の絵もクリーム色で上塗り。格安で「僕色」のお店を作り上げました。
経営哲学①|「飲食店はオーケストラ」——すべてが調和して初めて繁盛する
本書を読んでまず印象に残るのが、たむらさんが飲食店を語る時に繰り返し使う「オーケストラ」というたとえです。
「飲食店はオーケストラみたいなもんだと思うんです。めっちゃうまいバイオリン弾きがおっても、フルートがダメやったら演奏も台なしでしょ?料理100点、雰囲気100点、居心地100点、接客100点。全部が満点を目指さないとダメ」
料理がおいしくても接客が悪ければお客さんは来ない。逆もまた然り。だから「炭火焼肉たむら」では、内装はシック&シンプルにこだわり、BGMは「誰も知らないような静かなジャズ」を選びました。
「知ってる曲は耳を傾けてしまうから不親切」というBGMへのこだわりは、その徹底ぶりをよく表しています。知らない曲なら目の前の人との会話に集中できる——お客さんの体験をとことん考え抜いた判断でした。
食器も「なんの特徴もない白い器」から和食器へ。ロゴ文字は野性爆弾・川島邦裕さんに頼んで独特の墨文字にしてもらいました。料理の仕入れも、肉は食肉工場から直接、野菜は芸人仲間・土肥ポン太さんの「ポン太青果店」から、キムチはトミーズ健さんオススメの店から——それぞれに「納得」を積み重ねていきました。
経営哲学②|ド素人だから気づけるコストカット——「業界の常識を疑ってかかれ」
本書でたむらさんが強調する経営手法のひとつが、徹底的なコストカットです。義母の店を引き継いだ当初、たむらさんは「疑ってかかる目」で経費を見渡しました。
入口のマット交換は業者に依頼して月に数万円。トイレの芳香剤は業者のもので月800円。「うちはフランス大使館か——ありえん。高すぎるわ」とつぶやきながら、割り箸・おしぼりから、あらゆる経費を相見積もりに出し直した結果、経費だけで一気に10%削減することに成功しました。
「これもド素人だからこそ改善できた。意外にその世界に染まっていると、すべてのことが当たり前に感じてしまうもんなんですよね」とたむらさんは書いています。
ただし、たむらさんは「削ればいいだけではない」とも言います。お店の規模が大きくなってからは、オリジナルロゴのマットを業者に作ってもらい、トイレも専門業者に入ってもらうようになりました。コストをかけるべき場所とそうでない場所を見極める目——それがド素人だからこそ備わっていた武器でした。
経営哲学③|「明るいコ」採用基準——面接では隠しようがない唯一の才能
たむらさんの採用基準は、「第一声」「男性ならシュッとしているか」「女性なら愛嬌」のわずか3点。これを平たく言えば「明るいコ」ということです。
「明るさだけは面接でも隠しようがない。そしてこれは一種の才能でもあるんです」
働き出したら「真面目さ」が一番大事だとたむらさんは言います。ただ、真面目さは面接では見抜けない。みんな面接ではある程度真面目に見えるものです。
一方で明るさは演じにくい。だからこそ採用の第一指標として「明るさ」を置いておけば、採用の的中率が上がると言います。
面接で見るポイントをシンプルに絞り込むこの姿勢も、ド素人経営者ならではの発想です。プロの経営者なら複雑な採用プロセスを設計しがちですが、「この人で行こ」という直感的な判断を大切にする。そしてその直感は「明るさ」という目に見える指標に根ざしています。
採用後は、アルバイトは「孫」、社員は「息子や娘」として接します。社員の給与は27〜28歳で600万円以上、最高で750万円ほど。「出せる時に全部従業員達に還元したい」という気持ちから、業界水準より高い給与を設定しました。
経営哲学④|「オカマの目」と「オカンの心」——最強のサービスの正体
飲食店のホール担当に必要な資質を、たむらさんは独自の言葉で表現します。それが「オカマの目」と「オカンの心」です。
「オカマの目」とは、細かいところを見逃さない女性目線のこと。机の上の塵ひとつ、コップの置き方、枯れかけた花——こういうことに気づける目を持った人が、お客さんに居心地のいい空間を提供できます。
「オカンの心」とは、「大盛りにしといたわ〜」「これも食べてみて〜」というお節介ぎりぎりのサービス精神のこと。
「オカンって、サービスするために生きています。できるオカンは、お節介にならんギリギリのところのサービスを提供します。これが、お客さんに喜んでもらえる『プラス1』のサービスにつながる」とたむらさんは言います。
この「プラス1」という発想が本書のキーワードのひとつです。焼酎を勧める時にテイスティング用をおちょこ1杯持ってくる。日本酒の取り皿を持っていったついでに「お取り分けしましょうか?」と一言添える。できて当然のサービスに、もうひと手間加える。それがリピーターを生む。
「目指しているのは、焼肉界のリッツ・カールトン」——この言葉がたむらさんのサービスへの野心をよく表しています。
経営哲学⑤|「仕事で嫌われ、人として好かれろ」——指導者としての覚悟
たむらさんが社員によく言う言葉があります。「仕事で嫌われ、人として好かれろ」——これは、経営者・リーダーとしての覚悟を一言で言い表したものです。
誰でも部下に嫌われたくない。だから言うべきことを言わず、見て見ぬふりをしてしまいがちです。
しかし、たむらさんにとってアルバイトは「孫」、社員は「息子や娘」です。「かわいいからこそ、厳しくなれる面もある。人間として立派になってほしいから叱るんです」と書かれています。
「強いハートを持つのは並大抵の努力じゃできない。真面目さ、責任感、店への愛着、技術、経験、実績、人間性……それらが揃って初めて、部下に対する説得力が生まれる。それができればたとえ職場では『うるさいヤツだ』と思われても、人間的には絶対に嫌われないもんです」
この言葉は、管理職やチームリーダーとして悩んでいる人に刺さるものがあります。仕事上で厳しく注意しながらも、人間として好かれること——それは結局、自分自身が誠実に生き、成長し続けることでしか実現できないとたむらさんは言っています。
経営哲学⑥|「追わない」——仕事を失いそうになった経験が教えてくれたこと
本書でたむらさんが最も深く語る哲学のひとつが、「追わない」という考え方です。
ピン芸人になって間もない頃、東京での仕事がうまくいかず大阪に戻ってきたたむらさん。スケジュール帳はほぼ真っ白で、残っていたのはテレビ番組1本だけ。その仕事だけにしがみつき、「本来の自分のキャラを抑制してでも、この仕事を失わないように必死になりまくった」といいます。
ところが必死になればなるほど、番組内での評価は落ちていきました。朝と昼にあった出番が昼だけになり、月2回が1回になり……そして追い込まれた時に、頭の中で「カチッ」という音がしたと書かれています。
「もう、この番組いらん——デビューした頃の俺に戻ろ」
この瞬間から世界が変わりました。本来の自分に戻ったとたん、出番が増え、スケジュールも埋まり始めた。「仕事は追ってはいかんのやな」——この経験が、経営にも生きています。
尊敬する経営者Nさんから「金と女は追うな」と言われた時、「それよくわかりますわ」と即答できたのも、この芸人時代の体験があったからです。売り上げや数字だけを血眼で「追う」ことで、「本当にやるべきことが見えなくなる」ことの方が怖い——それがたむらさんの信条です。
経営哲学⑦|「妄想からすべては始まる」——ゲーム感覚で経営をやり続ける
たむらさんが繰り返し語る「ド素人経営の真髄」は、根っこに子どものようなワクワク感を持ち続けることだと言います。
「子どもの頃のワクワク感はすべて空想から始まる。自分がヒーローだったら、とか、かめはめ波を出せたら、とか」
大人になると空想が「妄想」になります。「自分がもしホテルの総支配人になったら」——この3年間、客商売とは何かを考え続けてきた答えとして、あらゆるサービスが詰まった「箱」を持ちたいという妄想が生まれたと書いています。
「妄想はタダです。そしてそこには一攫千金の夢も、仲間達の幸せも、自分の理想とする組織や店舗も、何もかもがあります」
ゲーム感覚で経営をやってきた、とたむらさんは言います。「ゲーム感覚の欠如は、経営感覚の欠如に等しい。そもそも遊んでないヤツにゲーム感覚なんてないんちゃう?」
アイデアは遊びの中から生まれる。妄想は仕事のヒントになる。だから「よく遊べ——これは大人の義務や」と従業員にも言い続けています。
たむらさんの失敗談|「いきり」が生んだ2号店の誤算
本書には、たむらさんが包み隠さず明かす失敗談があります。1号店が連日大行列となり、「早よ2号店作らないかん」と意気込んでいた頃のことです。
「今から思えば、この時が僕が最も『浮ついていた』瞬間かもしれません」
1号店が大繁盛したことで、たむらさんの中に「いきり(調子に乗ること)」が生まれていました。「2号店では最初から僕色を出すぞ」と意気込んで選んだ物件は、1号店(80席)の倍近い130席の大きな箱でした。
しかも形が長方形で、死角ができてしまった。店員の目が届かない席が生じ、「注文したいのにすぐ店員の姿が見当たらない」という接客上の大きな欠点を抱えたまま開業することになります。
「アホやな〜、俺。デカイわ〜」と舌を噛んだといいます。お客さんを待たせたくないという思いが「いきり」になり、逆にお客さんを不便にさせてしまった——この失敗は「反面教師にしてほしい」と本書では書かれています。
今でも2号店は赤字ではなく、「静かなところで落ち着いて食事できる」と喜ぶお客さんもいるとのこと。それでも、ド素人だからこその目が届かなかった失点として、正直に記録しています。
たむらさんのこだわり
この本には、たむらさんの人となりが伝わる習慣がいくつか書かれています。
週7回の外食:「自慢じゃありませんが、僕は週7回、外食しています」と本書にはっきり書かれています。毎日、自分がおいしいと思ったお店に通い、月に1回は客単価1万円以上の店へ行くのが習慣です。「自分の舌を鍛えるのは、飲食店オーナーとしての義務でもある」とたむらさんは言います。うちの店の新メニューは最終的に自分が試食してGOサインを出すから、舌を鍛え続けることが仕事につながっています。
誰も知らないジャズ:お店のBGMへのこだわりは徹底しています。ジャズはかけるが、スタンダードナンバーはなるべく避ける。「知ってる曲は耳を傾けてしまうから不親切」というのがその理由です。お客さんが目の前の人との会話に集中できるよう、静かで邪魔にならない音楽だけを流す——細部まで「お客さんの体験」から逆算する姿勢が表れています。
トイレ掃除:本書のユニークなページのひとつに「トイレ掃除をするとお金が入ってくる」という話があります。1号店のトイレを自ら掃除したら、バンバンお金が入ってきた。最初は偶然かと思っていたが、繰り返すうちに「百発百中」だと気づいたといいます。それ以来、座リション(座って用を足すこと)を徹底するほど、この法則を信じています。
たむらさんゆかりの地
大阪市城東区蒲生4丁目(1号店・原点):義父が一手に内装を手掛けた、37坪80席の店です。「ド素人経営者」としてのたむらさんの出発点であり、義父への想いが詰まった場所でもあります。本書の「おわりに」では、「義父に喜んでほしい——これがド素人経営者としての原点であり、成功の本当の理由なのかもしれません」と綴られています。
大阪市中央区南船場(2号店):繁華街の道頓堀ではなく、静かなオフィス街を選んだ2号店です。「ちょい外れにある、ひっそりした感じの場所に佇んでいるのが名店の条件」という、たむらさんの「いきり」が色濃く出た選択でした。開業資金1000万円で個室や掘りごたつを実現しています。
名古屋栄(3号店):ビルのオーナー側から声を掛けてもらったことで出店が決まった店です。「お話をいただいたらすぐに『あれもしたい、これもしたい』が次々浮かんできた」とのこと。2号店での反省を踏まえ、「三号店は百点満点」と本書でも語られています。
たむらさんから学ぶ、経営者への3つの教訓
1. ド素人を武器にする プロの常識を知らないからこそ、マットの業者費用に疑問を持てる。玄人の目には当たり前に見えるコストが、ド素人には「なんでやろ?」と映る。「ド素人だから見えてくることがある」という言葉は、新しい業界や職場に入った時の強みとして活かせます。
2. 追わないことで本質が見えてくる 売り上げ、数字、評価——それを血眼で追い始めると、本来やるべきことが見えなくなる。仕事を追いすぎて失敗した芸人時代の経験から生まれたこの哲学は、ゲーム感覚を持ち続けるためにも必要な構えです。
3. 妄想を仕事のエンジンにする 「妄想はタダ」という言葉は、アイデア発想の原点を教えてくれます。「自分がホテルの総支配人だったら」という妄想が、今のお店のサービスを考え直す材料になる。現実的な制約の前に、まず思い切り妄想してみることが、革新の第一歩です。
この記事で語りきれなかったたむらさんの魅力
本書にはまだ語りきれないエピソードがあります。
後輩芸人がテレビで「まずい、まずい」と言い続けたことで取材が殺到したくだりは、本書の中でも特に印象的な場面です。褒めてないからこそ自由に使ってもらえる。「本業が芸人のド素人経営者だからこその恩恵」と語るたむらさんの視点は、逆転の発想として面白いものがあります。
また、島田紳助師匠とのエピソードも心に残ります。たむらさんが「商売での儲けは全部従業員に還元していきたい」と話すと、紳助師匠は即座に「それでエエ。俺もそうや」と答えてくれた。その上で「芸を第一にせえ。副業が本業を越えたらアカン」とも言われた——この言葉はたむらさんにとって、芸人と経営者の両立を続ける上での羅針盤になっています。
そして「おわりに」に書かれた義父への想い。義父が突然倒れ、楽屋で訃報を知らされた時、「この人にふさわしい息子になろう」と思っていただけに、悲しみは深かった。でも义父が内装を手掛けたこの店を守り続けることが、不肖の息子にできる唯一の恩返しだと、たむらさんは書いています。
📚 なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか?(たむらけんじ著、ワニブックス【PLUS】新書)を読んでみる
まとめ|たむらけんじさんが教えてくれること
「2、3ヶ月やってみよか」という軽い気持ちで始めた焼肉屋が、1ヶ月半で大行列の店になった。
その理由は、ド素人だったからです。業界の常識を知らないから疑える。プロのプライドがないから教われる。玄人の感覚に染まっていないから、コストの無駄が見える。
「ド素人であることを規定しておくと、ド素人だからできる冒険があり、ド素人だから見えてくることがある」——この言葉は、経験値や実績がないことを恥じている人に向けて、力強く語りかけてきます。
追わないこと。ゲーム感覚を持ち続けること。みんなで幸せになること。
「炭火焼肉たむら」は今日も、大阪の街のどこかで、誰かにオーケストラの演奏を届け続けています。
参考文献:たむらけんじ著『なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか?』(ワニブックス【PLUS】新書)
