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2001年の春先、高島宏平さんは東京・芝公園のベンチに座っていました。
会社を立ち上げてほぼ1年。資金調達に奔走する毎日の中で、この日もっとも期待していたベンチャーキャピタルとの面談が、冒頭の一言で終わりました。「結論から言うと、当社が御社に出資するのは難しい」。
ふらふらと歩いているうちに芝公園にたどり着き、空いているベンチに座りました。平日の昼過ぎなのに、周りのベンチにはスーツを着た男性が一人ずつ座っています。手作りと思われるお弁当を食べている人の姿を見て、リストラにあった会社員が妻に言い出せず毎日公園に「出勤」するという新聞記事を思い出しました。
「公園に座ってぼーっと落ち込んでいても何も解決しない」。そう気づいた瞬間、高島さんはベンチから立ち上がりました。「自分の生活から『落ち込む』時間をカットしよう」と決めて、オフィスに戻って次のベンチャーキャピタルに電話をかけるべく、駅に向かって早足で歩き出しました。
高島宏平さんの著書『ライフ・イズ・ベジタブル』は、そんな場面から始まります。「成功物語は書けないので、夢中物語を書きます」という冒頭通り、これはオイシックスがどうやって成功したかではなく、どうやって夢中であり続けたかを書いた本です。
高島宏平さんの基本プロフィール
| 氏名 | 高島宏平(たかしま・こうへい) |
| 生年 | 1973年、神奈川県生まれ |
| 経歴 | 東京大学大学院修了→マッキンゼー→2000年オイシックス創業 |
| 主な実績 | オイシックス株式会社代表取締役社長、ヤング・グローバル・リーダーズ選出、ポーター賞受賞 |
| 座右の哲学 | 「夢中時間率」を最大にする、落ち込む時間をカットする |
| こだわり | 毎日外食、素朴な疑問を大切にする、テーマソングを決める |
| ゆかりの地 | 芝公園(転機のベンチ)、五反田(創業オフィス)、農家さんの畑(土を食べた場所) |
「売れない・買えない・金ない」——三重苦からのスタート
2000年6月22日、高島さんは十数人の仲間とともにオイシックス株式会社を創業しました。インターネットを使って安全な食材を一般家庭に届けるというビジネスです。
しかし立ち上げ当初の状況は、客観的に見ればかなり厳しいものでした。まず、農家から商品を仕入れようとしたのですが、食品業界には一切のツテがない。「インターネットで野菜を売りたい」と農家に電話すると「……は?何言ってるんだ」と即座に切られる。それでも住所を聞いて飛んで行き、農家さんが振り返ってもくれない中で話しかけ続けました。
怒られた数は数えきれません。でも諦めなかった。「あ―またあんたたちか」と言われながら何度も通ううちに、農作業の手伝いを頼まれるようになった。泥まみれになりながら畑を手伝い、家に上げてもらい、農家さんの奥さんの手料理をごちそうになりながら、「お客様に安全で美味しいものを届けたい」という思いを語り続けました。
そのうち、ある農家さんから言われました。「そんなにうちの野菜が良いって言うなら、畑の土を食ってみな」と。高島さんは迷わず土をすくって口に入れました。「あ―……すっごい、サラサラしてますね―」と感想を述べると、農家さんがニコニコして言いました。「そうだろ?分かるか?この土は違うんだよ―」。
そして待ち望んでいたひと言が来ました。「……兄ちゃん、覚悟あるね。うちの野菜、分けてやっていいよ」
後からわかったことですが、その農家さんにも土の味の違いなど実はよくわからなかったのです。それでもオイシックスの第一歩がスタートしたのは、「若いやつが一生懸命だし、気の毒だから、ちょっと分けてやろう」という農家さんの同情からでした。
記者会見でシステムが動かなかった日
仕入れの問題がなんとかなると、次は「売ること」でした。広告予算はゼロ。そこで、提携することになっていた日商岩井さんと日本ヒューレット・パッカードさんに同席してもらい、3社合同の記者会見を計画しました。
しかし、会見当日の朝まで、オイシックスのシステムは一度も正常に動いていませんでした。会場に入っても動かない。冷や汗をかきながらシステム担当に電話すると「や―、頑張ってます」「あと15分だよ。大丈夫?」「う―ん、どうっすかねえ……」と言いながら電話を切られた。
100人近い記者の方がずらりと並ぶ会場。日商岩井さん、日本ヒューレット・パッカードさんの挨拶が終わり、いよいよ高島さんの番になった。会場が暗くなり、サイトのトップページが大きなスクリーンに映し出された。祈りながらマウスをクリックした。
「よかったぁ……」
オイシックスのシステムは、そのとき初めて正常に作動したのです。 しかし、その後3ヶ月間、注文は1日2件あればいい方という状態が続きました。誰も買ってくれない。注文の半分くらいが社員の家族や親戚からのものだったのは今でも笑い話です。
「作った人が自分で食べない食べ物」——使命感の原点
農家さんを訪ね歩いていたある日、気になる光景に出くわしました。隣り合った2枚の畑があり、一方は野菜の葉が白っぽく、もう一方は緑が濃い。後日農家さんに聞くと、こんな答えが返ってきました。
「葉が白いのは販売用で、濃い色の方は自分の家で食べる自家栽培用だよ。白いのは農薬のせい」
さらに衝撃的だったのは続く話です。農薬を多く使った販売用の畑に子どもが近づこうとすると、農家さんの奥さんが「こら―そっちの畑は危ないから入っちゃダメって言ったでしょ」と怒るというのです。
作り手が自分の子どもに食べさせたくない、触れるのも許さない食品が、スーパーで普通に売られている。
この光景が、高島さんの中にある強い熱意と使命感をわき立てました。「生産者が安心して自分の子どもに食べさせられる食材をお届けする」——これは今も続くオイシックスの根幹のルールです。
最大の危機——夜逃げのような移転と「テーマソングを決めよう」
創業2年目、会社存亡の危機が訪れました。物流を委託していた栃木の配送センターが、突然廃業を告げてきたのです。
オーナーのB社長から深夜に電話が来た。「もう明日やめる!」。駆けつけた高島さんは真夜中の配送センター事務室でB社長と向き合い、感情的なやりとりを8時間にわたって続けました。「もう1日だけ延期する」という言葉を聞いたのは、夜が明けた翌朝6時のことでした。
その1日の間に、会社に待機していた社員が電話帳を片っ端からかけて、新しい移転先を1件だけ確保した。夜が深まってから、B社長が「廃業する」と社員に告げるのを横で聞いていた。泣き崩れる人もいた。ひとつの会社の終焉を目の当たりにして、身を切られるような思いがした。
社員さんが全員帰るのを待ってから、最後にもらった倉庫の鍵で荷物を運び出す。音を立てないように手招きだけでトラックを誘導する。まるで夜逃げのようでした。
このとき、高島さんがまず行ったのはお菓子を大量に買い込むことでした。そして、社員を集めたミーティングの冒頭でこう提案しました。「よし、なにかテンションの上がるテーマソングを決めよう」。
当時流行っていたスティービー・ワンダーの曲をトラブルのテーマソングに決め、作業が行き詰まったり眠くてたまらなくなったりすると、誰かがその曲を大音量でかけたり椅子の上に立って大声で歌ったりした。
「結局のところ、トラブルをただの『つらい出来事』にするか、『充実した体験』にするかは、自分たちが選ぶ態度によって決まってくると思う」
この1ヶ月、社員の多くはずっと泊まり込みの極限状態で働き続けました。でも、誰一人この船を降りなかった。
ユニクロが参入してきた日
設立3年目、さらにショッキングなニュースが届きます。ユニクロを展開するファーストリテイリングさんが、野菜のネット販売事業に参入するというのです。しかも10億円以上の資金を使うという噂まで入ってきた。
「かなりシビレるなぁ……」と思ったのは正直なところです。しかし、いつまでも落ち込んでいる時間は、ただ憂鬱なまま過ぎていくだけ。高島さんはすぐに直接ユニクロの担当者に会いに行きました。
会ってみると、担当の方に「オイシックスさんの手法やウェブサイト、すごく参考にしています」とほぼストレートに言われた。高島さんは前向きに捉えることにしました。「あれ、うちの会社、ユニクロさんに真似されるような会社になってましたっけ?」と。
その後ユニクロさんは1年半で野菜販売事業から撤退しました。高島さんはその違いをこう書いています。「撤退したユニクロさんとオイシックスの究極の違いは、撤退という選択肢があるかないか」。大企業には「撤退」という選択肢があります。しかし僕たちベンチャーにとって、撤退は消滅を意味する。だから、うまくいくまでやり続けるしかない。
「ふぞろい野菜」「ピーチかぶ」「トロなす」——素朴な疑問からヒット商品が生まれる
本書にはオイシックスのヒット商品が生まれた裏話がいくつも書かれています。共通するのは「素朴な疑問」から始まっているということです。
農家さんの畑で作業を手伝っていたとき、畑の隅にナスを入れたかごが積んであるのに気づきました。「このナスは出荷しないんですか?」と聞くと「サイズが小さいし、形が悪いから出荷できないんだよ。でも味はうまいよ」という。「それなら売れるはずだ」と直感した高島さんは、農家さんに反対されながらも試しにお客さんにアンケートをとってみました。「安全で美味しいものなら形が悪くても買いたい」という声が圧倒的多数でした。これが「ふぞろい野菜」の誕生です。今では「ワケあり商品」として定着しましたが、当時は業界の誰も踏み込めなかった分野でした。
「極生フルーツコーン」は、農家さんにとれたてのとうもろこしを生で食べるようにすすめられたバイヤーの発見から生まれました。「えっ、生で食べるんですか?」という素朴な驚きがきっかけです。
「トロなす」は、3年かけてネーミングを2度変えてようやくヒットした商品です。最初は「白なす」、次に「緑なす」として出したものの売れ行きはパッとしなかった。3年目に、素揚げやステーキにするとトロッととろける食感に注目して「トロなす」と名づけたとたん、一気に売り切れになりました。
「ヒット商品は農家さんの台所にあり」——これは今や、オイシックスのバイヤーのモットーになっています。
震災の夜、懐中電灯を抱えてセンターへ向かった
2011年3月11日、東日本大震災が起きました。計画停電が始まり、海老名の配送センターが朝一番から停電するグループに入っていました。暗くなったら配送作業ができない。翌日の配送を止めてはいけない。「ちょっと無理そうです」という電話が深夜に来た。
高島さんは本社にストックしてあった懐中電灯をかき集め、夜中に一人で車でセンターへ向かいました。朝4時までかかって懐中電灯をあちこちに設置し、光の角度を変えながら配送作業ができるよう取り付けました。「これで作業できないかな?」と社員に聞くと「はい、頑張ります!」と力強い返事が返ってきた。
放射能検査機器については、国内では手に入らなかったため、中国とサンフランシスコで確保して社員に現地まで取りに行かせました。「買えるまで帰ってくるなよ!」と声をかけると「分かりました―任せてください」という返事が来た。3月18日から全品検査をスタートさせました。
震災後の自粛ムードの中、高島さんは「オイシックス全力活動宣言」を発表し、サービスを止めずに全力で働くことを社内外に表明しました。「こんな非常時の今こそ、我々は精いっぱい働いて役に立つべきだ」という信念からでした。
高島さんのこだわり
本書にはオイシックス創業者らしい高島さんの習慣が随所に出てきます。
テーマソングを決める:大きなトラブルが発生するたびに、チームで「テーマソング」を決めるというのが、高島さんたちが立ち上げ期に身につけたスタイルです。配送センター廃業という最大の危機のとき、まずお菓子を机いっぱいに広げ、「よし、なにかテンションの上がるテーマソングを決めよう」と提案した。作業が行き詰まったり眠くてたまらなくなったりすると、誰かがその曲を大音量でかけ、椅子の上に立って歌う。「それ以降、何か大きなトラブルが発生するたびに、僕たちはテーマソングを決める習慣がついた」と本書に書かれています。今もオイシックスに残る社風のひとつです。
「サンクチュアリ」方式:高校・大学の仲間と共有していた漫画『サンクチュアリ』を読んで「まず今いる場所で頑張り、必ず一緒に起業しよう」という約束を結んでいました。マッキンゼーに入社したのも「起業のための勉強のため」と決めていたからで、この仲間との約束が「一歩踏みだす勇気」ではなく「一歩踏みだす仕掛け」になったと書いています。
素朴な疑問を大切にする:「なんで農薬を使っていない野菜が、あまり売っていないんだろう?」「なんで、畑にはいろんな形のきゅうりがあるのに、スーパーに並んでいるのはまっすぐなんだろう?」——業界の常識を知らない素人だからこそ持てる疑問を、事業の核にし続けました。
高島さんゆかりの地
芝公園(東京・港区):本書の冒頭に登場する場所です。資金調達に何十社も断られ続けた末にたどり着いたベンチで、「落ち込む時間をカットしよう」という決意をした場所です。高島さんにとって、問題を解く態度を選ぶという生き方のひとつの原点になっています。
五反田(東京・品川区):創業当初のオフィスがあった場所で、現在も本社があります。当初は10畳のワンルームマンション。メンバーが寝袋で床に転がり、ベンチャーキャピタルとの商談中に次々に起き出してきた、という場面が本書に書かれています。ちなみにオイシックスロゴ入りの段ボールで作ったパーティションは、今もオフィスの受付前に置かれています。
農家さんの畑(全国各地):土を食べた場所、夜中に野菜の袋詰めをした出荷小屋、「ヒット商品は農家さんの台所にあり」を体で学んだすべての畑がゆかりの地です。インターネットで野菜を売るというビジネスが、実はこれほど泥まみれの現場から始まったことを、本書は繰り返し教えてくれます。
「夢中時間率」——人生最大のリスクとは何か
本書の最後にある「夢中時間率」という言葉が、この本の核心だと思います。
高島さんは「起きている時間のうち、夢中になっている時間の率を最大にするような生き方」を意識して続けてきたと書いています。学園祭の実行委員、カナダへのホームステイのリーダー体験、学生時代のベンチャー、マッキンゼー、そしてオイシックスと、それぞれの時期に夢中になれるものを見つけて没頭し続けた。
モチベーションが上がらないという人に向けて、高島さんは「これまでの人生で自分が夢中になっていたことを思い出し、そのエッセンスを抽出してみてほしい」と言います。自分が夢中になれるのは何かを発見できたら、今の仕事の中にそのエッセンスを探してみる。それが見つからないなら転職や起業にチャレンジすればいい、と。
「人生における最大のリスクは、何も夢中にならないまま人生が終わるリスクだと僕は思う。リスクをとらない人生こそ、リスキーなのではないか」
タイトルの「ライフ・イズ・ベジタブル」は、映画『ライフ・イズ・ビューティフル』からつけられています。ナチスの強制収容所に入れられた父親が、幼い息子が不安がらないようユーモアを使って収容所での生活を楽しいものに変えてしまう——あの映画のように、どんな逆境も「自分たちが選ぶ態度」次第で変えられるという信念が、このタイトルに込められています。
「ライフ・イズ・ベジタブル——」とだけ書いて、本書の本文は終わります。意味を問うのではなく、読んだ自分で感じてほしいということでしょう。
📚 ライフ・イズ・ベジタブル(高島宏平著、日本経済新聞出版社)を読んでみる
参考文献:高島宏平著『ライフ・イズ・ベジタブル——オイシックス創業で学んだ仕事に夢中になる8つのヒント』(日本経済新聞出版社)

