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「コンビニをひと言で表現するとどうなりますか」
テレビCMの制作者にそう問われた鈴木敏文さんは、咄嗟にこう答えました。
「あいててよかった」
1976年から82年にかけてセブン-イレブンのCMで流れ続けたこのコピーは、やがて流行語になりました。深夜でも早朝でも、必要なときに開いている店がある——その価値を、6文字で言い切った言葉でした。
「もし、『売る力』をひと言で表現するとどうなりますか」と問われたら、と鈴木さんは本書の冒頭で問い返します。答えはシンプルです。
「買ってよかった」「食べてよかった」「来てよかった」——お客様にそう思ってもらえる力。それが売る力の本質だ、と。
本書『売る力 心をつかむ仕事術』は、セブン-イレブン・ジャパンを創業し、売上高約9兆円のセブン&アイ・ホールディングスを率いた鈴木敏文さんが、長年にわたって培ってきた顧客心理の読み方と経営の哲学を語り下ろした一冊です。販売の経験も、仕入れの経験もない人間が、なぜ日本最大の流通企業のトップに立てたのか。その問いへの答えが、この本には詰まっています。
目次 表示
- 鈴木敏文さんの基本プロフィール
- 「完売」は欠品である——売り手の視点と買い手の視点
- 29歳、PR誌を5000部から13万部へ——最初の「革命」
- 反対された13のプラン——すべて実現した「非常識」の記録
- 「お客様のために」はウソ——「お客様の立場で」が正しい
- 「海辺の梅おにぎり」——仮説と検証が経営を支える
- 「上質」と「手軽」の空白地帯——セブンプレミアムの発想
- 「得」より「損」を大きく感じる——行動経済学が解き明かす顧客心理
- 鈴木敏文さんのこだわり
- 鈴木敏文さんゆかりの地
- 鈴木敏文さんから学ぶ、3つの教訓
- この記事で語りきれなかった『売る力』の魅力
- まとめ|鈴木敏文さんが教えてくれること
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鈴木敏文さんの基本プロフィール
| 氏名 | 鈴木敏文(すずき としふみ) |
| 生年月日 | 1932年12月1日、長野県生まれ |
| 学歴 | 東京経済大学卒業 |
| 経歴 | 東京出版販売(現トーハン)→1963年イトーヨーカ堂に転職→1973年セブン-イレブン・ジャパン創業→セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO |
| 主な実績 | セブン-イレブンを日本に導入・創業し国内最大のコンビニチェーンに育成。セブンプレミアム、セブンカフェ、セブン銀行など新業態を次々創出。アメリカの本家セブン-イレブンを経営危機から救い日本が買収 |
| 著書 | 『売る力 心をつかむ仕事術』(文春新書)ほか多数 |
「完売」は欠品である——売り手の視点と買い手の視点
売り手は「完売した」と喜びます。しかし完売後に来たお客様は、「なんでもっと多く用意しなかったのか」と怒って帰ります。
鈴木さんのこの話は、「売る力」の本質を一瞬で言い当てています。
セブン-イレブンでは、予想より早く商品が売り切れたとき「完売」とは呼びません。「欠品した」——発注ミスとして記録され、同じことが起きないよう求められます。
「モノあまりの買い手市場において、売る力は売り手側ではなく、買い手側を起点に考えなければならない」
この原則が、鈴木さんの全思考の土台です。本書『売る力 心をつかむ仕事術』はその土台の上に積み上げられた、顧客心理の実践書でもあります。
29歳、PR誌を5000部から13万部へ——最初の「革命」
鈴木さんが最初に手がけた仕事は、出版社(東京出版販売)のPR誌「新刊ニュース」の編集でした。
当時の発行部数は5000部。「本を売る会社のPR誌だから、新刊目録をできるだけ多く入れるべきだ」「読書家向けには新刊目録が多いほうがよい」というのが社内の常識でした。典型的な売り手発想です。
鈴木さんは逆の問いを立てます。「どうすれば、より多くの人々に手にとってもらえるか」。
答えは読者の立場に立って考えることでした。判型を従来の半分のコンパクトなB6判に変え、価格を1冊20円に。企画は谷崎潤一郎と女優の対談、東大在学中に芥川賞を受賞した大江健三郎の異色対談、星新一のショートショート——斬新なものを次々と立案し、自ら企画・編集・取材・原稿執筆まですべてこなしました。
結果、発行部数は5000部から13万部へ。26倍の成長です。29歳のときのことでした。
「本を売る会社のPR誌なのだから」という売り手の論理を、読み手の立場で根本から崩した体験。これがのちのセブン-イレブン創業につながる、鈴木さんの思考の原点となりました。
反対された13のプラン——すべて実現した「非常識」の記録
鈴木さんの経営の歴史は、「反対を乗り越えた歴史」でもあります。本書『売る力 心をつかむ仕事術』には、提案して反対された主要なプランが13項目、列挙されています。
イトーヨーカ堂への転職後、30歳で株式上場を提言した際は、社内上層部だけでなく、顧問弁護士にもメインバンクにも反対されました。
日本初の本格的コンビニエンスストアチェーン、セブン-イレブンの創業を提案したときは、会社幹部、業界関係者、学者——あらゆる方面から反対されました。「大型店と小型店は共存できない」という常識があったからです。
コンビニへの共同配送を求めたときは、問屋から猛反発されました。当時の業界の常識は「大口配送」。一店舗への納品車両が1日70台にもなっていた状況を変えようとすると、「前例がない」の一点張りでした。
正月も新鮮なパンをコンビニで売るため、製パンメーカーに「正月中も製造してほしい」と求めたときも、「正月は休む」という常識の壁に跳ね返されました。
どのプランも、結果として実現しました。今では当たり前のことが、当時はすべて「非常識」と言われていたのです。
「反対を受けることは、新しいことへの挑戦の証明でもある」——鈴木さんはそう考えています。
こうした「常識への挑戦」が簡単にいかなかった場面は、鈴木さんだけの話ではありません。 他の経営者の逆境と立て直しをあわせて見ると、より深く理解できます。
「お客様のために」はウソ——「お客様の立場で」が正しい
鈴木さんが繰り返す言葉があります。
「お客様のために」ではなく、「お客様の立場で」。
この一文字の違いが、経営の方向をまったく変えます。
旭山動物園の例が、これを鮮明に示しています。動物園の飼育係は、動物が1日中歩き回らなくていいように、日が当たらない小屋を作りました。「動物のために」なると思ったからです。
しかしあるとき、飼育係は気づきました。体温調節ができないホッキョクグマが狭い檻の中を行き来する時間は13時間30分。「これはものすごい拷問ではないか」と。
「動物のために」と信じていた行動が、「動物の立場で」考えると、まったく違う意味を持っていた。この気づきから「行動展示」が生まれ、旭山動物園の奇跡の復活劇が始まりました。
鈴木さんはセブン-イレブンのパンについても同じことを語っています。「お客様のために」を売り手の都合の範囲で考えれば、日持ちのよさを優先した商品設計になります。しかし「お客様の立場で」考えれば、食の安全はもちろん、味も鮮度も優れた焼きたてのパンをいつでも買えることを望むはずです。そのニーズに応えるために、セブン-イレブンは全国の店舗の近くに専用製造工場を設置し、1日3便の配送体制を整えました。
「売り手の都合を前提に『相対的によりよいこと』をするのではなく、お客様の都合に合わせて『絶対的によいこと』を追求する」——これが、鈴木さんの言う「お客様の立場で」の意味です。
「海辺の梅おにぎり」——仮説と検証が経営を支える
セブン-イレブンでは、高校生のアルバイトでも弁当やおにぎりの発注を任せます。素人同然でも発注をこなせる理由は、「仮説と検証」を毎日繰り返すからです。
釣り船の発着場への道沿いにある店舗を想定します。今は釣りシーズン真っ盛り。明日は週末で晴天、絶好の釣り日和の予報。早朝から釣り客が昼食を買いに立ち寄るはず。昼には気温が上がるから、釣り客は「時間が経っても傷みにくいイメージのもの」を求めるだろう。
「それなら梅のおにぎりが売れるのではないか」
こう仮説を立てて、普段より多めに仕入れておきます。陳列棚に梅おにぎりが大量に並び、POPで「釣りのお弁当に梅おにぎり」とすすめられれば、漠然と立ち寄った釣り客が手を伸ばします。
発注データを見るだけでは見えない、「その店のその日のお客様」の状況を想像する。これが「仮説」です。翌日、実際の売れ行きで検証する。この繰り返しが、アルバイトでもできるようになることで、セブン-イレブンの店頭は磨かれていきます。
「答えはいつも、お客様のなかにあると同時に、『自分』のなかにもある」——鈴木さんはそう言います。自分もわがままで矛盾した顧客心理を持っているから、お客様の心理が読める。「素人の目線」を失わないことが、経営の最大の武器になるのです。
「上質」と「手軽」の空白地帯——セブンプレミアムの発想
流通業界でPB(プライベートブランド)と言えば「安さ」が代名詞でした。メーカーブランド(NB)より安く、それなりの品質。この常識が業界に染みついていました。
鈴木さんはここに空白地帯を見ます。
「上質さ」を求めるお客様と、「手軽さ」を求めるお客様がいる。低価格優先のPBは「手軽さ」を追求し、高品質のNBは「上質さ」を提供する。では、「上質さ」と「手軽さ」を同時に実現した商品を出したら?
2007年に誕生したセブンプレミアムは、「NB商品と同等以上の品質を、PB商品の価格で提供する」というコンセプトで展開されました。コンビニでも、スーパーでも、百貨店でも、業種を問わず大ヒット商品になりました。
さらにその上に「金の食パン」に代表されるセブンゴールドシリーズが生まれます。一般的なNB商品より価格が高い。それでも「専門店と同等以上の品質を手ごろに」という空白地帯を開拓し、ヒットしました。
「六割のお客様より四割のお客様に目を向けよ」——価格を重視する六割をターゲットにするより、質に価値を感じる四割のお客様の潜在ニーズを掘り起こすほうが、市場を作れる。このカウンターインチュイティブな発想が、セブンプレミアムを生みました。
「得」より「損」を大きく感じる——行動経済学が解き明かす顧客心理
鈴木さんが経営判断の根拠にするのは、行動経済学の知見です。
人は同じ1000円でも、「得した1000円」より「損した1000円」を心理的に大きく感じます。これが「損失回避」の心理です。
だからセールのコピーも、「20%引き」より「消費税分還元セール」のほうが響く。後者は「損を取り返す」という心理に訴えるからです。
「高・中・安」の3つの価格帯の商品があると、人は「中」を選びがちです。高すぎるのも不安、安すぎるのも不安——この心理を利用した商品展開が、鈴木さんのセブンゴールド戦略の背景にあります。
売り手が自信を持って商品を大量に陳列し、「これがおすすめだ」と発信すると、お客様はその自信を感じとって「これを買っても損はしない」と納得します。「爆発点の理論」——水が100度で沸騰するように、認知度や陳列量が一定の閾値を超えると、購買意欲が一気に爆発するのです。
リンゴを1本の陳列棚に並べるより、2〜3本使って大量に陳列すれば、売れ方がまったく違う。「缶ビールの大量陳列」実験でも、同じことが証明されました。単純に見えるこのことが、店頭での売れ方を決定づけます。
鈴木敏文さんのこだわり
本書『売る力 心をつかむ仕事術』を通じて、鈴木さんを経営者として際立たせている習慣と信念が浮かびあがります。
「二匹目のドジョウは追わない」——ヒット商品が出ると、競合も自社もすぐに模倣します。鈴木さんはその流れに乗りません。「ひまわりがブームのときはたんぽぽの種をまく」。競合が注目している六割の市場より、誰も見ていない四割に目を向ける。模倣ではなく、次の空白を探し続けることが、鈴木さんの一貫したスタンスです。
「当たり前をつづけて非凡化する」——セブン-イレブンで1日3便の配送、専用工場との連携、仮説と検証の繰り返し——どれも特別なことではありません。しかし競合がやめていくことを、鈴木さんは続けます。「変わらずにおいしいね」とお客様に思ってもらうためには、「変わらずにおいしい」状態を維持するための不断の変化が必要です。その逆説を体現してきたのがセブン-イレブンです。
「素人の目線を失わない」——販売も仕入れも未経験なままで流通企業のトップでいられる理由を、鈴木さんはこう説明します。「自分もわがままで矛盾した顧客の心理を持っているから、お客様の心理がわかる」。専門知識より、普通の生活感覚で「不満」を感じる能力こそが、顧客ニーズの発見につながる。この信念が、「金の食パン」などの開発につながっています。
鈴木敏文さんゆかりの地
長野県(出身地):1932年に生まれた地です。高度経済成長前の日本で育った鈴木さんの経験は、「モノがなかった時代から、モノがあまる時代への転換」を肌で感じた世代の視点を形成しました。その変化への敏感さが、時代の空白地帯を読む力の源泉になっています。
東京・千代田区(イトーヨーカ堂本社・セブン-イレブン創業の拠点):1963年に転職し、流通業のすべてを学んだ地。ここで株式上場を提言し、反対を乗り越え、そして1973年にセブン-イレブン・ジャパンを創業しました。「あらゆる方面から反対されたコンビニの創業」は、この地から始まりました。
アメリカ・テキサス州(本家セブン-イレブン救済の舞台):1980年代、経営危機に陥った本家アメリカのセブン-イレブンが、鈴木さんに支援を求めてきました。日本式の「上質さ」と「手軽さ」を両立する戦略を導入し、再生を実現。最終的に日本のセブン-イレブンがアメリカの本家を買収するという歴史的な逆転劇につながりました。
鈴木敏文さんから学ぶ、3つの教訓
1. 「お客様のために」を疑い、「お客様の立場で」に変える
旭山動物園の飼育係が「動物のために」と思ってやっていたことが、「動物の立場で」考えると正反対の意味を持っていた。売り手が「お客様のために」と言うとき、その発想は多くの場合、売り手の都合の範囲内にとどまっています。「お客様の立場で」考えることは、既存の仕組みや慣習を一度すべて白紙に戻すことを要求します。この小さな言葉の違いが、セブン-イレブンとほかのコンビニの差を生み出しました。
2. 「空白地帯」を探せ——競合が見ている市場の外に答えがある
価格重視の六割より、質を求める四割に目を向ける。「上質さ」と「手軽さ」が両立していない空白に投入したセブンプレミアムは、コンビニ・スーパー・百貨店の業種を超えてヒットしました。競合が注力しているゾーンに後追いで参入しても、消耗戦になるだけです。「誰も見ていない四割」「上質でも手軽でもない空白地帯」——そこに新しい市場があります。競争は相手ではなく、「絶えず変化する顧客ニーズ」とするのが鈴木さんの一貫した発想です。
3. 「反対される」ことは「新しい」ことの証明である
13のプランはすべて反対され、すべて実現しました。反対される理由は「前例がない」「常識に反する」——つまり、過去の経験から判断しているからです。しかし市場は常に変化します。過去の成功体験に縛られた判断こそが、「成功の復讐」と鈴木さんが呼ぶ罠に落ちていきます。「これまでにない組み合わせ」「予定調和を壊す提案」が強く反対されるのは、それだけ新しいということです。反対の声を「新しさの証明」として受け取る胆力が、経営者には必要です。
この記事で語りきれなかった『売る力』の魅力
本書『売る力 心をつかむ仕事術』には、まだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。
一つ目は、恵方巻の全国展開の話です。もともと関西の風習だった恵方巻が、1998年以降にセブン-イレブンで全国展開されると、ネットの拡散力と全国店舗網が融合し、あっという間に全国の年中行事に育ちました。「ネットとリアルの両輪が回ると、一気に爆発点に達する」——秋元康さんとの対談から生まれたこの洞察が、デジタル時代の流通戦略の本質を突いています。
二つ目は、セブン銀行ATMの爆発点の話です。コンビニにATMを設置するという提案も当初は「誰が使うのか」と言われました。しかし設置台数が一定数を超えた瞬間、利用件数が爆発的に増えました。「人間社会でも、ある働きかけが一定段階まで積み上がると突然ブレークする爆発点がある」——この理論の実証例として、ATMの成長が本書で詳述されています。
三つ目は、東日本大震災後の復旧の話です。震災から2週間後に、おにぎりや弁当類の1日3便の通常体制を再開できたのは、専用工場の割合が他のチェーンと比べて圧倒的に高かったから。それが可能だったのは「それが当たり前のあり方だから」続けてきたためです。日常の積み上げが、非常時に発揮される底力になるという事実が、ここに刻まれています。
まとめ|鈴木敏文さんが教えてくれること
販売の経験も仕入れの経験もない人間が、なぜ日本最大の流通企業のトップでいられるのか。
鈴木さんの答えは一貫しています。「自分もわがままで矛盾した顧客の心理を持っているから、お客様の心理がわかる」。素人の目線を失わないこと、「お客様の立場で」考えること、そして常識に反対されても仮説を信じて動き続けること——この三つが、鈴木さんの経営を支えてきた柱です。
「売る力」とは、お客様に「買ってよかった」と思ってもらえる力。この定義は、業種も時代も問わずに通用します。コンビニ経営の話でありながら、本書『売る力 心をつかむ仕事術』が語るのは、あらゆるビジネスに共通する顧客心理の本質です。
「いつでも開いている」だけでなく、「来てよかった」と思わせ続けることの難しさと価値を、この一冊は静かに教えてくれます。ぜひ手に取ってみてください。
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→ 顧客満足への執念という共通軸で読み比べたい経営者
→ 多くの成功者に共通する挫折と立て直しのパターン
参考文献:鈴木敏文『売る力 心をつかむ仕事術』(文春新書)
