ビジネスの教訓や気づきを得られる社長本まとめ

坂本孝さん|ブックオフ創業者が「2勝10敗」から学んだ競争優位性のつくり方——「俺のイタリアン」誕生の舞台裏

坂本孝さん|ブックオフ創業者・俺の株式会社代表取締役社長の経営哲学

2011年9月、東京・新橋に16坪の飲食店がオープンしました。

フォアグラのポアレ980円。トリュフとポルチーニのリゾット980円。ミシュランの星付きレストランで研鑽を積んだ料理人が、高級食材を「じゃぶじゃぶ」使ってつくる料理が、立ち飲みスタイルで提供される。開店前から長蛇の列ができ、ピークタイムには2時間以上の待ち時間が続きました。

これが「俺のイタリアン」の誕生です。

仕掛けたのは、ブックオフの創業者・坂本孝さん。「これまでの従業員を10人以上集めて戦ったビジネスは12回あったが、成績は2勝10敗だ」と本書に書いています。その13戦目が、この飲食業だったのです。


坂本孝さんの基本プロフィール

氏名坂本孝(さかもと・たかし)
出身山梨県甲府市
学歴甲府第一高校→慶応義塾大学
主な経歴家業(坂本精麦合名会社)→オーディオ販売→中古ピアノ→ブックオフ創業(1990年)→2007年ブックオフ会長辞任→俺の株式会社代表取締役社長
座右の哲学「競争優位性」と「参入障壁」、稲盛和夫氏の「利他の心」
こだわり「じゃぶじゃぶ」という口癖、黒松白鹿を飲み始めた頃の発想、トイレを徹底してきれいに
ゆかりの地山梨県甲府市(生家)、神奈川県相模原市(ブックオフ1号店)、新橋(俺のイタリアン1号店)、銀座8丁目(ドミナント戦略の中心)

「立ち飲み」と「ミシュラン星付きレストラン」——二つの繁盛業態を合体させる

ブックオフ会長を退任して2年が過ぎた2009年のことです。飲食業に縁もゆかりもなかった坂本さんは、焼き鳥屋の経営を引き継ぐ形でひょんなことから飲食業に入りました。

しかしそれは当初、うまくいきませんでした。「ものすごく難しい業界に入ってしまった。いったいどうしよう」という気分の日々でした。その後、三人のメンバーで新業態を模索するべく、さまざまな飲食店を視察して回ります。

そこで気づいたことがありました。超不景気だと言われる時代にもかかわらず、毎日毎晩ものすごく繁盛している業態は2種類ある。一つは、立ち飲みの居酒屋。小さくても毎日毎晩活気ムンムンです。もう一つは、ミシュランガイドの星付きレストラン

「この二つをくっつけてしまえ―」

このひらめきが、「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」の出発点でした。両方の勝ちパターンを組み合わせているのだから、「爆発しないわけがありません」と坂本さんは書いています。

ベンチマークしたお店は、勝どきの「かねます」さん、目黒の「ビストロ・シン」さん、新橋の「びすとろCOPAIN」さんなど。しっかりとした料理にボリュームと料理に合わせたワインの売り方が衝撃的で、「ワクワクするサプライズ」を感じていました。


「原価率88%でも赤字にならない」——安田理論という数字の魔法

業態の方向性が決まったとき、常務の安田道男さんが電卓をたたき始めました。

「単価がいくらで、お客さまがどのくらい来店されて、経費がいくらで、だったらどこまで原価を上げてもいいか」という、結構単純な計算です。しかし結果は驚くべきものでした。お客さまの回転数が上がれば、原価率60%の方が利益を出しやすいというのです。

さらに計算を進めると、店が4回転するのであれば、フード原価率を88%にしてもチャラになる。「原価9割でも赤字にならないということですから」と坂本さんは書いています。

グランメゾン(ミシュラン三ツ星級の超高級フランス料理レストラン)のフード原価率は18%と言われています。これに対して「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」が90%とするならば、価格は5分の1となります。グランメゾンの料理ひと皿3000円の5分の1だと600円。3000円のものを500円台で売る。

「そこまでやると、お客さまはいくらなんでもびっくりするでしょう」

最多価格帯として設定したのが580円です。「金額の末尾の8と9は安く、3と4は高く感じます。昼食代が500円の時代ですから、10円、20円の差はお客さまにとってはとても大きいのです」。

安田さんのシミュレーションを見た坂本さんは最終ジャッジで思い切りました。「つべこべ言わずにやろう―」と。


「じゃぶじゃぶ―」という口癖

「じゃぶじゃぶ―」

坂本さんが料理人に常日頃から言い続けている言葉があります。

これは「原価をじゃぶじゃぶかけろ!」という意味です。一流の料理人が、トリュフやフォアグラといった高級食材を惜しみなく使って一流の料理をつくる。それをお客さまが驚くほどのリーズナブルな価格で提供する——この「じゃぶじゃぶ感」こそが、圧倒的な競争優位性の源泉だと坂本さんは考えています。

三人の経営陣の中で、「じゃぶじゃぶ感」が一番低かったのは、飲食業20年の経験を持つ常識派の森野忠則さんでした。安田さんの「常識離れした数字のシミュレーション」に対して「原価率を上げた飲食店を、本当にオープンするの?」と感じていたと坂本さんは書いています。その森野さんがいいブレーキ役をしてくれたことが、業態完成の大切な要素でした。


料理人の不満の中にビジネスチャンス——島田博司さんが45分で決めた理由

「私は客単価3万円以下のものはつくらない」

面接の場でそう言って帰り支度をしようとした料理人がいました。ミシュラン三ツ星の高級店「麻布幸村」の特別室「麻布心月」で料理長を務めていた島田博司さんです。

坂本さんはすかさず引き止め、「私がベンチマークしているいいお店がありますから、ぜひご一緒してください」と、勝どきの「かねます」さんに案内しました。開店時間の午後4時から満席になる繁盛店です。がんこそうな高齢の職人さんと気さくな若者がカウンターの中にいて、テキパキとお客さまの注文をさばく。

ハイボールをいただきながら、羽田沖のアナゴの白焼き、牛肉のウエ巻きなどを味わいました。45分くらいして同店を出たのですが、すると島田さんが急に、

「私、立ち飲みやります」

と言い出したのです。「え?」。たった45分で決意して、手を挙げて、自分から船に乗ってきた。坂本さんは「この時私は、島田さんという人は純粋でお茶目な人だなと思いました」と書いています。

一流の料理人が入社に至った動機について、坂本さんはこう考えています。「もしかしたら、お客さまも幸せ、料理人も幸せになるという方法は、唯一ここにしかないと気付いてくださったのかもしれません」と。


「店は劇場、裁量権を持った料理人はアーティスト」

一流の料理人が立ち飲みの世界に入ることには、プライドをガツンと傷つけられる葛藤がありました。しかし連日オープン前からウェイティングができ、「日本1億人の中で3万円の料理を何%の人が食べるんだろうか」という問いの答えが、目の前の行列として見えてくる。

坂本さんは、飲食業界の常識である「料理人に裁量権を与えない」という考え方を正面から否定しました。料理人が仕入れの交渉権を持ち、メニューの開発から値決めまで関わる。「この仕組みによって、さまざまなよい効果が現れてきています」と書いています。一例として、開店当初と比べて生ハムの仕入れ値は2分の1くらい安くなりました。

「店の中には、お客さまを迎え入れる前から、幸せになるためのさまざまなイメージが描かれています」。今日もお客さまに満足していただこう——そんな具合に、一つ一つに感動があります。店はいつの時間も劇場なのです。 その中で裁量権を持って立つ料理人はアーティストです。


「坂本さんの失敗談」——オーディオ販売で月6%の街金に頼った日

「得てして、成功者は成功した話ばかりをしたがるもので、失敗談をしたがりません。堂々と失敗談を明らかにしてくれた方が面白いし、読者の人生にとってためになるものと思います」

本書の第2章はそんな言葉で始まります。

山梨の家業(精米・精麦業)が倒産寸前になった体験の後、独立して最初に着手したのがオーディオの販売でした。1970年5月、500坪の土地を購入し、駐車場付きの大型オーディオショップ「ユアーズ」を開店。「最初からでっかくやってしまいました」と坂本さんは書いています。

ユアーズへの来客数は多かった。しかしお客さまは店でいい音だけ聴いて機器を選んで、少しでも安い秋葉原で購入していきました。3年間四方八方手を尽くしましたが、倒産。倒産寸前の頃には、資金繰りは月6%の街金に頼りました。

「販売の仕方に革新的なものがなく、既存のお店と同じ技術で、同じようなものを売っても駄目だ」——これがオーディオ販売の敗因から得た教訓でした。

その後、楽器屋さんの会合でのヒントから中古ピアノの販売を始めると(1972年)、これが当たりました。全国の調律師に手紙を出してピアノを集め、中古ピアノ80台でセールを行ったら実によく売れた。「12戦のうちの1勝、初勝利」と坂本さんは書いています。

そしてある日、神奈川県横浜市港南台あたりを通った時に、黒山の人だかりができているお店が目に止まりました。「よしっ、これだ!」——その古本屋さんの仕組みに目をつけたことが、ブックオフ誕生につながります。


稲盛和夫に「壁に追いつめられるまで叱られた」日

1990年5月、神奈川県相模原市に35坪の中古書籍販売店を出店しました。これがブックオフ1号店です。

朝10時のオープンに70〜80人が行列をつくり、その行列は閉店の夜10時まで続きました。「この商売は、なんてすごいんだろう」。定価1000円のきれいな本を100円で仕入れて500円で売るというシンプルな仕組みで、急成長を遂げていきます。

このブックオフ急成長の時期に、坂本さんは稲盛和夫氏の盛和塾に入会しました(1995年)。稲盛氏に初めてお目にかかった時の言葉が印象に残っています。「あなたがいま行っているフランチャイズ経営に、是非『利他』という要素を取り入れてください。日本のフランチャイズの模範になるようなことを是非やってください」と、強く握手してくださいました。「その手はとても温かく、大きく厚い手でした」と坂本さんは書いています。

しかし2007年、『週刊文春』に記事が掲載されたことで、坂本さんはブックオフの会長を辞任することになります。稲盛氏からすぐに東京・八重洲の京セラ事業所に呼ばれ、扉を開けると、いきなり週刊誌を出してとても激しく叱責されました。

「あなたは勉強をしているふりだけをして、盛和塾でいったい何を勉強していたのですか!」

部屋の壁に追いつめられるくらいまで叱られ、そこから45分間、たっぷりと叱責が続きました。足がすくみました。「反論できないというよりも、反論する余裕がありませんでした」。

ブックオフを辞任した後、坂本さんは一時、「ハワイに移住して毎日ゴルフをして悠々自適に過ごす人生を選ぼうとしていました」と書いています。そんな中で、師である稲盛氏が日本航空株式会社の再建を引き受けたと知った。「師が、これから大きな仕事を果たそうとしている。私は、自分自身がこんなことでいいのかと思いました」——これが飲食業への再挑戦を決意させた背景でした。


ジャズライブ——「社長の道楽」と意図的に言わせる戦略

2012年9月27日、「俺のフレンチ JAZZ」が開店しました。フレンチとジャズライブのコラボレーションです。

このジャズライブ参入、社内に事前に相談したのかというと——「ごめんね、また私の道楽でやるから」と言いながら、坂本さんが「勝手にはじめた」と本書に書かれています。社員の80%は反対だったでしょうと。「ピアノなんか置くよりも客席を増やせ―」「社長の道楽だ―」と思っていたはずだと。

安田さんはその後、講演でこう言い続けました。「うちの社長の道楽です。損益は無視しているんです。損をしているんです」。これを聞いた同業他社の社長が「あの『俺のフレンチ』は坂本社長の道楽らしい。あんな原価かけて儲かるはずがないから、皆さんやらないほうがいい」と言い広めた。

「このような方が、安田さんの話を信じきったことで、私は勝利宣言です」と坂本さんは書いています。競争相手に「まねしても儲からない」と思わせること自体が、高い参入障壁をつくる戦略だったのです。


坂本さんのこだわり

本書を読むと、坂本さんの経営思想だけでなく、人としての姿が随所ににじみ出てきます。

黒松白鹿を飲み始めた頃に発想が湧く:「私のビジネスのアイデアは、昼間は絶対に出てきません。太陽が沈む頃。生ビールを2杯飲んで清酒の黒松白鹿を飲み始めた頃に発想が湧くのです」と本書に書かれています。中古ピアノのアイデアも、古本ビジネスのヒントも、このひとときに生まれたといいます。同級生に醸造所の息子がいて、よく酒蔵に泊まり込んでタダで酒を飲ませてもらったという恩義から、黒松白鹿を愛飲しているのだそうです。

トイレを徹底してきれいに:「俺のイタリアン」1号店を開くにあたって、内装は極めてシンプルにしました。「大きくて素敵な絵を飾ったり、高級な照明をつけたりするよりも、すべて材料費につぎ込む」という方針でした。しかしトイレだけは「徹底してきれいにしていただきました。そうでなければ、女性のお客さまに失礼だという私のポリシーがあるのです」と書かれています。

週3回フロアに立つ:ジャズライブとのコラボ業態では、「私はこの企画のいい出しっぺですので、ブレザーを着て週に3回はフロアに立ち、メッセンジャーになります」と書かれています。自分が発案したことには、自分が現場に立つ。

好物は蕎麦・寿司・天ぷら:「私は実は、イタリアンもフレンチも好物ではありません」と正直に書かれています。ブックオフ上場のお祝いで招待されたヨーロッパ旅行でも、三ツ星のレストランを勝手にキャンセルしてお寿司屋さんに行ったエピソードが自慢話として紹介されています。「グランメゾンで3万円のフルコースを食べるよりも、庶民的なお店で満腹になる方が幸せな性分です」。


競争優位性とは何か——坂本さんが半世紀かけて学んだこと

本書を通じて、坂本さんが繰り返すキーワードがあります。「競争優位性」と「参入障壁」です。

ビジネスを組み立てる時に、「心の中でいつも繰り返し考えていることは『競争優位性』です。これを差別化要因として、参入障壁を高く維持するのです」と書かれています。

「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」の差別化は、原価率を高くして優秀な料理人によって価値を高め、価格を大衆の手の届くところに設定すること。この仕組みは「コンビニにない」「家庭では食べられない」「通販で買えない」「出前してもらえない」という分野での競争優位性でもあります。

稲盛和夫氏から学んだ「利他の心」——人によかれかしという精神——も、この競争優位性の根底にあります。「人のために何かをやって、人も喜び自分も喜ぶ。これが人生の中でもっとも尊いと思った時に、不思議と会社が伸びていく。私は現場の中で、そういうことを何度も体験しました」と坂本さんは書いています。

2勝10敗の事業家人生から生まれた13戦目。「今、富士山の五合目あたりです」と本書には書かれています。

📚 俺のイタリアン、俺のフレンチ——ぶっちぎりで勝つ競争優位性のつくり方(坂本孝著、商業界)を読んでみる


参考文献:坂本孝著『俺のイタリアン、俺のフレンチ——ぶっちぎりで勝つ競争優位性のつくり方』(商業界)