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村上太一|リブセンス創業者が25歳で史上最年少上場を果たした「生きる意味」の経営

リブセンス代表取締役社長・村上太一さんの書籍『リブセンス〈生きる意味〉』を紹介する記事のアイキャッチ画像

2011年12月。上場の承認が下りた夜、村上太一さんは自宅近くの定食屋へ向かいました。

仲間とシャンパンで祝うわけでも、高級レストランで乾杯するわけでもありませんでした。注文したのは、からあげ定食。帰宅した部屋には冷蔵庫もありません。学生が住むようなマンションで、1人で夜を過ごしました。

その日、村上さんは25歳1カ月で東証マザーズに上場し、史上最年少上場記録を塗り替えていました。

「上場は通過点です。社会に大きな影響を与えるような会社を目指したいです」

取材したライターの上阪徹氏が最初に村上さんの記事を見たとき、その「ギラギラとしていない笑顔」に強く惹かれたと書いています。これまでの経営者とまったく違う。本書『リブセンス〈生きる意味〉』は、その謎を解くために書かれた一冊です。

25歳の起業家が見ていたのは、お金でも権力でも名誉でもありませんでした。「幸せから生まれる幸せ」——会社の理念に込めたのは、高校2年のときに自分に問い続けた問いへの答えでした。


村上太一さんの基本プロフィール

氏名村上太一(むらかみ たいち)
生年1988年
学歴早稲田大学高等学院→早稲田大学商学部
経歴早稲田大学1年次(19歳)の2006年2月にリブセンス創業→2011年12月、25歳1カ月で東証マザーズに史上最年少上場
主な実績史上最年少上場記録を更新(前記録はアドウェイズ・岡村陽久の26歳2カ月)。主力サービス「ジョブセンス」で成功報酬型・採用祝い金モデルを確立。ベンチャーキャピタルからの資金を一切断り、自力で上場を果たした
著書関連『リブセンス〈生きる意味〉』(日経BP社)

「どうして自分は生きているんだろう」——高校2年の問いが会社名になった

会社の名前は「リブセンス」。LIVE(生きる)+ SENSE(意味)、直訳すれば「生きる意味」です。

なぜこの名前なのか。原点は高校2年生のときに遡ります。

「こんなことを考えた時期があったんです。自分はどうして生きているんだろう、死んだらどうなるんだろう、と。何かきっかけがあったわけではないんですけど(笑)」

答えは出ませんでした。しかし、この問いが村上さんを確実に変えていきます。人は幸せになるために生きている。自分にとっての幸せは、相手に喜んでもらうこと——その確信が、後に会社の理念「幸せから生まれる幸せ」へと結晶していきます。

村上さんが通っていたのは早稲田大学高等学院。早稲田大学への入学がほぼ約束されているため、受験勉強が不要でした。のびのびと自由な時間が広がっていた。株式投資を試し、経済誌を読み、文化祭で600人の同学年を束ねる立場を経験しました。

文化祭の仕切りで身につけたのは「段取り力」でした。完成イメージを持ち、それぞれの役割を持つリーダーたちを動かす。進捗の一覧表でスケジュール管理を徹底する。信頼が重要な場面では、「こんな問題がある」とグダグダいっている人がいたら、翌朝には「やっておいたから」とパッと手渡す。この動き方は、後の起業に直接つながりました。「基本的に試験勉強や文化祭のやり方と同じでした」と村上さんは振り返っています。

そして高校3年のある日、起業を決定づけるものが現れます。母親が切り抜いてコルクボードに貼っていた1枚の新聞記事でした。


19歳、資本金300万円——「大安だから、2月8日にしなさい」

早稲田大学に入学した村上さんは、授業には最初だけ真面目に出席しました。

「どんな授業でも、きっと意味があると思えば意味があるだろうと思って、まじめに受けていました。でも、途中からやっばり意味がないなぁ、と思ってしまって(笑)」

後期からは授業にはほとんど行かなくなります。代わりに、授業で出会った人を起業仲間にスカウトしていきました。「この人だ」と思ったら声をかける。コンバージョン率は、意外なほど高かったといいます。

創業の準備が整い、法人登記をしようとしたとき、急いで母親に未成年者の同意書をもらいに行きます。

するとこんな答えが返ってきました。

「受理は2月8日にしなさい、大安だから」

そんなことは思いも寄らなかった。おかげで「大事なことをする日は大安じゃなければいけないんじゃないか」と刷り込まれてしまったと、村上さんは笑います。

2006年2月8日、株式会社リブセンス、設立。村上さんは19歳でした。

資本金は300万円。村上さん自身が200万円、仲間が100万円。村上さんの分のうち50万円はアルバイトで貯めていましたが、残り150万円は両親に借りました。「貸してほしい」と正直に頼むと、「いくらなのか」という一言だけ。数日後、父親に呼ばれ、無言で封筒を渡されました。中には現金150万円。「頑張れよ」とだけ言われました。

19歳の学生に、ポンと150万円を渡せる親がどれほどいるでしょうか。


「これで儲かるんですか?」——常識を覆したビジネスモデル

リブセンスの主力は、アルバイト情報サイト「ジョブセンス」です。

2011年末の上場時、NHKの年始特番に村上さんが出演しました。事業モデルの説明を聞いたアナウンサーが、思わずこう漏らしました。

「これで儲かるんですか?」

村上さんはいつものニコニコ顔で「ハイ」と答えます。2011年12月期の決算では、売上高14億3450万円、営業利益5億1876万円。利益率は40%を超えていました。

なぜそんなことが可能なのか。ジョブセンスのビジネスモデルは、当時の業界の常識を2つ覆していました。

1つ目は「成果報酬型」です。従来のアルバイト情報サイトは、企業が広告を掲載するだけで費用が発生しました。ジョブセンスは「採用が決まったとき初めて料金が発生する」モデルを採用。企業は採用できなければ一切お金を払わなくていい。

2つ目は「採用祝い金」です。アルバイトに採用された求職者に、リブセンスが祝い金を支払う。自社の利益を減らしてでも、ユーザーに還元する。こんな仕組みは業界に前例がありませんでした。

ビジネスの打ち合わせで「学生は考えが甘い」と言われることもありました。でも村上さんの発想の出発点は変わりません。「まず自分たちの利益ありき」ではなく、「ユーザーや広告主に、これまでなかった満足を与えたい」こと。それこそが「生きる意味」だと確信していました。

採用が決まったことをどう把握するかという問題も、祝い金が解決しました。祝い金がもらえるなら、ユーザーが自ら申請してくる。採用の事実を確実に把握できる。巧みな設計でした。


VCをすべて断った理由——「外部から資金を入れる必要はない」

リブセンスには、ベンチャーキャピタルからの出資が一切ありません。

創業当初から、複数のベンチャーキャピタルが関心を示しました。村上さんは担当者たちと会い、情報や人脈は積極的にもらいました。しかし資金は受け取りませんでした。

「経営に影響を受けてしまう。業績をチェックされ、場合によっては事業が失敗することもある」——そういった判断もありましたが、それ以上に村上さんが重視したのは「自分たちがやりたいことを、やりたいようにやり続けること」でした。

同世代のベンチャー経営者の中には、多額のVC資金で一時的に注目を集めた人もいました。しかし実際に上場まで辿り着いたのは、資金を受けなかった村上さんの方でした。


会社売却の誘いを断った正月と、その後の爆発的な成長は、こうした経営者だけが知る逆境の物語です。 他の経営者たちの挫折と立て直しもあわせて見ると、より深く理解できます。


「絶対にまた新しい会社を作るだろう」——売却の誘いを断った正月

リブセンスには、苦しい時期がありました。

ジョブセンスを立ち上げた直後、売り上げは思うように伸びず、資金は逼迫します。そのころ、ある大企業から会社を売却しないかという打診が届きました。

村上さんは正月休みに、冷静に考えました。

もし売却したら、自分はその後どうするのか。

「絶対にまた新しい会社を作るだろうな、と思ったんです。そもそもなぜ会社を立ち上げたかというと、たくさんの人々に喜んでもらいたい、世の中にいい影響を与えていきたいからです。自分のやりたいことが最大化できるのは会社だと改めて気づきました。だったら今の会社をそのまま続けても変わらないじゃないか、と」

そして決断します。「やっぱり頑張ってみます」。それを伝えると、「そうか、良かった良かった。これからも応援するよ」と言ってもらえました。

この決断は正解でした。その年明けから、リブセンスは爆発的な成長を見せ始めたからです。


同じくインターネットで新しい仕組みを生み出し、時代を切り開いた経営者もいます。


からあげ定食と冷蔵庫のない部屋——上場という「通過点」

2011年12月1日、リブセンスは東証マザーズに上場。村上さんの年齢は25歳1カ月。それまでの最年少記録だったアドウェイズの岡村陽久の26歳2カ月を、1歳以上も更新しました。

上場によって、村上さんは巨額の資産を得ました。

しかし上場後の生活は変わりませんでした。学生が住むようなマンションで1人暮らし。部屋には冷蔵庫がない。承認を得た日の夜は、仲間とのお祝いもなく、近所の定食屋でからあげ定食を食べました。

なぜそうなのか。問い返せばシンプルな答えが返ってきます。

「史上最年少上場というのは、おそらく思いつきで書いたんだと思います(笑)。記録はあまり気にしていませんでした。上場することは、大きな会社を目指すなら当然のことだと思っていました」

物理的な欲望がびっくりするくらいない、と著者の上阪氏は書いています。権力欲もない。上場を手段として捉え、目線は最初から先を見ています。「上場は通過点。社会に大きな影響を与えるような会社を目指したい」——その言葉に、嘘がありません。


村上太一さんのこだわり

本書『リブセンス〈生きる意味〉』を読み進めると、村上さんを支え続けた習慣と信念が見えてきます。

「相手の立場に立って考える」を徹底する——ジョブセンスの初期、村上さんはクライアントへのメール返信スピードまで管理していました。「返信が遅い担当者には確認する。わからないことは、調べてから後でまた返信します、と先に返しておけばいい。それだけで印象は全然違いますから」。社会人としての経験がなくても、「相手の立場に立って考える」ことを起点にして、現場で学び続けました。

「自分はどんなときにうれしかったか」を掘り起こす——村上さんがやりたいことを見つけた方法です。中学時代、お菓子を作って野球部の仲間にあげた。高校時代、文化祭を成功させようと必死になった。すべては人を喜ばせたいからだ。「ジョブズは、やりたいことのヒントはあなたが歩んできた道を掘り起こせば絶対にある、といっていました」。村上さんはその実践者です。

「段取りは試験勉強と同じ」——中学時代から試験2週間前に全科目の難易度と必要時間を計算し、綿密なスケジュールで臨んでいた習慣。この段取り力は文化祭を仕切るときも、起業準備でも変わらず発揮されました。「やり方は、基本的に試験勉強と同じでした」という一言が、村上さんの仕事の本質を表しています。


村上太一さんゆかりの地

東京都大田区(育ちの地):中学時代に野球部でレフトを担い、マラソン大会で区大会に出場した地です。公立の中学で文武両道を過ごし、リーダーとしての自信を積み上げました。試験2週間前の猛勉強スタイルも、この時期に確立されました。

早稲田大学(創業の場):2006年、大学1年生19歳のときにリブセンスを立ち上げた場所。大学受験が不要な早稲田高等学院を選んだことで、高校時代から自由に使える時間が生まれていました。授業より起業の準備、授業で出会った人をスカウト——この場所で会社が生まれる土台が整いました。

リブセンス本社(東京):成果報酬型・採用祝い金モデルという前例のないビジネスを生み出し、日本の求人業界に新しい常識を打ち込んでいった場所。25歳で上場を果たし、「幸せから生まれる幸せ」という理念を体現し続けた舞台です。


村上太一さんから学ぶ、3つの教訓

1. 「生きる意味」から逆算すると、お金は目的から外れる

村上さんが上場後も冷蔵庫なしで暮らし、からあげ定食を食べた理由は、「そこに意味がないから」という一言に尽きます。会社を立ち上げた動機が「人を幸せにすること」である以上、個人的な消費にお金を使う動機がありません。ベンチャー経営者にありがちな「まず金持ちになりたい」という動機がない。それが経営の選択にも一貫して現れています。VCを断ったのも、売却を断ったのも、すべて「自分のやりたいことを最大化できるか」という軸で判断したからです。

2. ユーザーを幸せにする仕組みは、最終的にビジネスとして強い

「NHKのアナウンサーに『これで儲かるんですか?』と言わせるビジネスモデル」——採用祝い金は、一見すると自社の利益を削るように見えます。しかし求職者が積極的に使い、広告主も採用できたときだけ費用が発生する安心感を持ち、リブセンスはユーザーから申請が来るので採用事実を確実に把握できる。全員が得をする設計は、長期的に最も強いビジネスモデルを作ります。「自分の利益より相手の幸せを先に考える」という姿勢は、経営理念ではなく競争優位の源泉でもありました。

3. 「ブレない軸」は過去を振り返ることで見つかる

スティーブ・ジョブズの言葉を引いて村上さんは語ります。「やりたいことのヒントは、あなたが歩んできた道を掘り起こせば絶対にある」。中学でお菓子を仲間にあげた、高校で文化祭を仕切った、その背後に「人を喜ばせたい」という一本の線が通っていた。自分の「やりたいこと」がわかってからは、判断基準がブレなくなった。ブレない軸は、未来への野望より、過去の自分への問い直しから生まれるのです。


この記事で語りきれなかった『リブセンス〈生きる意味〉』の魅力

本書『リブセンス〈生きる意味〉』には、まだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。

一つ目は、テレアポで断られ続けた半年間です。創業前に営業のイロハを学ぼうと飛び込んだアルバイトで、毎日かけ続けても断られる日々が続きました。「簡単にアポが取れないとわかっただけでも大きかった。途中からようやくコツがわかってきました」。給料ゼロで同行させてもらいながら、商談の場を肌で学んでいきました。

二つ目は、応募機能なしでサービスをオープンした日の話です。エンジニアが限界を迎え、応募の仕組みが間に合わないまま「ジョブセンス」をリリースする決断をしました。つまり開業初日は、売上が1円も立たない状態でのスタートでした。準備の徹底を重んじる村上さんにとって、このとき感じた悔しさが後の事業を駆動させていきます。

三つ目は、上場準備の早さの話です。第2期(会社設立2年目)に早くも上場の情報収集を始め、「監査法人が何かよくわかっていなかった」状態から、その場では知らないとはいえずにこっそり調べた、という場面が微笑ましい。史上最年少上場の裏には、準備の徹底という地味な事実がありました。

📚 [リブセンス〈生きる意味〉(日経BP社)を読んでみる]


まとめ|村上太一さんが教えてくれること

25歳でからあげ定食を食べて、1人で眠りにつく。部屋に冷蔵庫はない。その夜に史上最年少上場記録を塗り替えていた——この場面が、村上さんという経営者のすべてを物語っています。

お金のために起業した人間は、お金が手に入れば満足します。名誉のために起業した人間は、記録を更新すれば喜びます。しかし村上さんの「上場は通過点」という言葉には、誇りも驕りもありません。ただ、先を見ています。

「人を幸せにすることが、自分にとっての幸せ」——その確信は高校2年の問いから生まれ、会社の名前になり、ビジネスモデルになり、今も変わっていません。

本書『リブセンス〈生きる意味〉』は、これから起業を考えている人だけでなく、「何のために働くのか」を問い直したい人すべてに読んでほしい一冊です。ぜひ手に取ってみてください。


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参考文献:上阪徹『リブセンス〈生きる意味〉——25歳の最年少上場社長 村上太一の人を幸せにする仕事』(日経BP社)