この記事には広告を含む場合があります。
記事内で紹介する商品を購入することで、当サイトに売り上げの一部が還元されることがあります。
「欲が少ない人は役に立たない」「沈黙はカスや、カネにならん」「すべては、わしの責任」——。
これらは、堀場製作所創業者・堀場雅夫さんが遺した言葉です。
1953年、京都で物理学者が起業した小さな計測器メーカーは、今や自動車排ガス測定装置で世界シェアトップ、連結売上高1400億円超のグローバル企業になりました。その根底にあるのが、社是「おもしろおかしく」——英語版は「Joy & Fun」。
役員全員が反対し、取引先から難癖をつけられ、世間から奇異の目で見られたこの社是を掲げ続けた経営者の哲学は、90歳を超えてもまったく揺るがなかった。著書『おもしろおかしく 人間本位の経営』をもとに、その経営哲学を7つのポイントで解説します。
目次 表示
- 堀場雅夫さんの基本プロフィール
- 物理学者が「方程式」を捨てた日
- 経営哲学①|社是「おもしろおかしく」——7年越しの制定、役員全員が反対した
- 経営哲学②|五欲を抑えるな——「清貧」でなく「清富」を追求せよ
- 経営哲学③|「お疲れさま」禁止令——疲れていると決めつけるな
- 経営哲学④|ネガティブ評価を廃止——社員はベンチャラスになる
- 経営哲学⑤|「自信のない者は大企業へ行け」——中小企業の採用戦略
- 経営哲学⑥|「沈黙はカスや」——2割増しで自己主張せよ
- 経営哲学⑦|「すべてはわしの責任」——最高のセリフはオーナー経営者だけのもの
- 堀場さんの失敗談|「肩書なし・名刺なし」で大量退職寸前に
- 堀場さんのこだわりグッズ
- 堀場さんゆかりの地
- 堀場さんから学ぶ、経営者への3つの教訓
- この記事で語りきれなかった堀場さんの魅力
- まとめ|堀場雅夫さんが教えてくれること
堀場雅夫さんの基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 堀場雅夫(ほりば まさお) |
| 生年 | 1924年(京都府) |
| 学歴 | 京都帝国大学理学部物理学科→医学博士取得 |
| 創業 | 1953年(堀場製作所)、29歳 |
| 主な実績 | 自動車排ガス測定装置で世界シェアトップ、1971年大阪証券取引所上場 |
| 業種 | 計測・分析機器 |
| こだわり | 食欲に正直(サーロイン・マグロのトロ・イクラ・炭水化物大量摂取)、体を鍛えたことは一度もない |
| 座右の言葉 | 「おもしろおかしく」「沈黙はカス」「すべてはわしの責任」 |
| ゆかりの地 | 京都(創業・本社)、フランス・モンペリエ(堀場ABX社) |
物理学者が「方程式」を捨てた日
若き日の堀場さんは、世の中のことは何でもロジックで割り切れると信じる物理学者でした。マルクスの発禁本をひそかに読み込み、「正しい方程式さえ作れば経済も何でもうまく回る。文系のやつらはアホやから人間関係を複雑に考えすぎや」と本気で思っていた。
転機は1960年。社員に「もっと研究して博士号くらい取れ」とハッパをかけた手前、自分でも医学博士を取得することにしました。
ところが医学の世界に入ると、人間の各部位が「どのように機能するか」という結果は分かっていても、「なぜそれが存在し活動するのか」は全くわからない。現象論だけで成り立っている。
「自然科学、サイエンスを信奉していたのに、こと生命に関してはそれがほとんど役に立たなかった。逆に、それだけ人間の体は無茶苦茶すごいということでもある」
この「大転換」が、すべての経営哲学の出発点でした。 人間の能力が無限ならば、それをとことん引き出すような経営をしていこう。そう決意した堀場さんは「おもしろおかしく」の社是へと向かっていきます。
経営哲学①|社是「おもしろおかしく」——7年越しの制定、役員全員が反対した
「おもしろおかしく」という社是の起こりは1971年、堀場製作所が大阪証券取引所に上場したときです。大証の理事長に「君のところの社是は何やねん」と聞かれた堀場さんは、そもそも社是が嫌いでした。
「お客様は神様」と掲げてお客様を全くも大事にしない会社を見て「こいつらアホちゃうか」と思っていたのです。しかし理事長の「株主はどういうフィロソフィーで経営しているのかを知りたい。それを示すのが社是だ」という言葉に腑に落ち、社是を作ることを決意しました。
社内で募集をかけると様々な案が上がってきた。ところが「どうして思いついたんや」と聞いたら、5人全員が「社是社訓集から取りました。でもちょっとアレンジは加えてます」と言う始末。
改めて自分を振り返ると、いい仕事ができたのは決まっておもしろくてたまらんというとき。よし、社是は「おもしろおかしく」や——そう決めたところが、問題はここからでした。
役員会にかけたら賛同者が1人もいない。普段はヨイショの意見しか言わない役員たちが、この一点だけは全員が反対に回ったのです。「精密なものを作っている会社で、おもしろおかしくなんて言われたら売れしまへん」とぶつぶつ言う役員。
平行線が続き、社長交代のタイミングで「祝いは要らんから、おもしろおかしくを社是にしてくれ」と頼んで、ようやく決着がついた。
社是を作ろうと思ってから、7年もかかりました。
英語版は「Joy & Fun」。社是制定から数十年後、この言葉は世界60か国のホリバリアン(堀場グループ社員)が自然に口にし、グループソングを喜んで歌うほど浸透していきます。
経営哲学②|五欲を抑えるな——「清貧」でなく「清富」を追求せよ
「欲が少ない人は向上心がないから、世の中の役に立たない。つまり能力がないということや」
堀場さんは食欲・性欲・物欲・名誉欲・征服欲の「五欲」を神から授けられたものとして肯定します。強欲(人に危害を与えて自分の欲を達成する)とは全く別物だと言い切る。
特に苦言を呈すのが「清貧」を気取る経営者です。
「貧相な社長がいる会社と、あなたは本気で仕事をしたいと思いますか。頑張っていい製品やサービスを生み出して、いっぱい儲けて、社員にたくさん給料を払ってこそ、初めて企業は社会的責任を果たせる。おれは清貧やと無理してええかっこしている経営者は、罪悪やと思います」
清貧ではなく「清富」。 これが堀場さんの信念です。
また、悲観論も嫌いです。「マクロの数字だけを見て、人間の可能性を洞察しようともせず、悲観論ばかり口にするのはいいかげんにしてほしい。誰が何と言おうと、僕は楽観論を唱えます」。90歳になっても、この姿勢はまったく揺らぎませんでした。
経営哲学③|「お疲れさま」禁止令——疲れていると決めつけるな
「仕事が終わったら、ご苦労さん、お疲れさま。一体何やねん。君らは、そんなに働くのがつらいのか」
堀場さんは「お疲れさま」という言葉が嫌いで、自分への使用を禁令にしました。受付の女性も「お帰りなさい」と言うよう変えた。
根拠は明確です。おもしろいと感じる仕事では、体が全くといっていいほど疲れない。おもしろい本なら午前2時でも3時でも眠気を感じず読み切れる。嫌なやつと話していると20分で1時間経った気がする。おもしろい連中と飲んでいると午前2時があっという間。
「おもしろいほど疲れるのではない。おもしろいほど楽なんです。これはとても重要なことですよ」
孔子は『論語』でこう言っています。「知之者不如好之者、好之者不如楽之者」——仕事のことをよく知っているだけより好きな方がいい。しかし好きであることよりも、楽しんでいると、なおのことよろしい。
仕事がおもしろくなった次元においては、もはや仕事ではなくなる——孔子が2500年前に喝破したこの真理を、堀場さんは社是として体現しようとしたのです。
経営哲学④|ネガティブ評価を廃止——社員はベンチャラスになる
「うちの社員には毎日、おもしろおかしく仕事をしてほしい。そのために、社員にとって一番おもしろくないことは何か——それが人事評価の問題だった」
堀場さんが考えた解決策はシンプルかつ大胆でした。人事評価からネガティブ(減点)評価を完全に廃止したのです。
「失敗してもマイナスにならない。だから社員は思い切ってチャレンジできる。自信がなくてもやってみようという気持ちが生まれる。これがベンチャラス(ベンチャー精神旺盛)な社員を育てる」
さらに情報を徹底オープンにしました。利益も、役員報酬も、生産計画も、すべて社員に公開。1974年には「労働分配率は付加価値の60%以上」「役員賞与は税引き後利益の6%」「配当は税引き後利益の30%」というルールを制定し、資本・経営・労働の三者に対する利益分配を完全に透明化しました。
このルールを導入した途端、それまで「人が足りない」と文句を言っていた現場が静かになりました。「おまえのところ、人が足りんのやろ」「いえ、この人数で頑張りたいと思います」——社員自らが付加価値を最大化しようと動き始めたのです。
「給料は空から降ってくる雨のようなものだと捉えている社員はたくさんいる。経営者は、あなたたちが生み出す付加価値が給料の元ですよと、しっかり教えてほしい」
経営哲学⑤|「自信のない者は大企業へ行け」——中小企業の採用戦略
「大企業に行っても最初の3年はビーカー洗い。うちに来れば、入った日からビッグプロジェクトを任したるわ」
創業間もない頃から、堀場さんは京都大学の学生を毎年採用し続けました。合同就職説明会もない時代に、どうやって旧帝大の学生を中小企業に引き込んだのか。
答えは猛アピールです。大学の先生に計測器を無料で貸し出し、仲良くなったら研究室で学生に説明させてもらう。そして叫ぶ。
「大企業では自分の思い通りの仕事はできず、おもしろくないで。自信のない者は大企業へ行け。中小企業こそ、力のある者にふさわしい!」
入社式では毎回こう訓示します。「新入社員の君らが愛社精神を持って頑張りますなんて言うなよ。愛社精神というのは、自分の力で会社を支えられる人が口にする言葉や。しばらく君たちは先輩社員の足手まといになるんやから、愛社精神を持つなんて無理や。給料泥棒のくせして、私には愛社精神があります——というのは大きなお世話や。厚かましい」
これを毎年言い続けた。新入社員は目を丸くしますが、自分のためにおもしろおかしく働くことがこの会社では重要なんやと思い直してくれればいい——それが堀場さんの狙いでした。
経営哲学⑥|「沈黙はカスや」——2割増しで自己主張せよ
「出しゃばらないほうが得策とか、沈黙はカネやとか言う人がいるけれど、違う。沈黙はカスや。」
官庁に規制緩和を訴える会合で正論をまくし立てた帰り、エレベーターで同席していた社長が「堀場さんの言う通りや。前々から私もそう思うてましてん」と肩をたたいた。「どうして会議の席で言ってくれなかったんですか。加勢してくれれば向こうを説得できたかもしれんのに」と怒ると、「いや、あんまり角が立つことを言うのもねえ」と。
こういう場面に堀場さんは散々遭ってきました。
「10の能力があるにもかかわらず7か8しかありませんと遠慮していると、いつかそれが現実になる。言葉の力はそれくらい怖いものです」
グローバル社会では特にそうです。海外で商売するには思っていることをはっきり発言し、存在感を示さないと話にならない。
「経営者も社員も、グローバル社会では決して過小評価をせず、2割増しの自己主張でがんがん攻めまくりましょう」
上場会見でこのスタイルを発揮した話は印象的です。1971年の上場会見の冒頭で、堀場さんは自社の「欠点」から話し始めました。幹事証券の顔が一斉に青くなる中、記者の反応はすこぶる良かった。「上場会見で自社の欠点から切り出した社長は初めてですよ。あなたはおもろい社長やな」と。
こちらから言うか、記者に突っ込まれて言うかだけの差。相手を自分のホームグラウンドに引き入れる——これが堀場さんの戦略でした。
経営哲学⑦|「すべてはわしの責任」——最高のセリフはオーナー経営者だけのもの
「全責任を負うのは嫌だという人は、経営者をやめたらいい。でも誰だって、『何もかもわしが引き受けるから、思い切りやってみい』というセリフを、一生に一度は吐いてみたいはずやと思う。こんなことを言えるのは、オーナー経営者だけに与えられた特権です」
堀場さんはハイリスク・ハイリターンの経営を否定します。「臆病な経営者」こそが成功すると言い切る。
「もちろん無謀な挑戦はいけない。だからリスクを冒すことで生じるかもしれない損害をできるだけ抑えることを考えるべきなのに、多くの経営者はリスクを取らないことが一番のリスクマネジメントだと誤解している」
決断に必要なのはロジックより胆力です。「右に進むか左に進むか。どっちに転ぶか分からない点はばくちに似ています。大きな決断をする条件なんて、とてもロジックでは語れない。でも、決めないかん。どんなに怖くてもね」
そして一度決めたら社員には「これしかない、いける」という信念を前面に出す。自分の迷いを見せないほうが、チームの突破力が格段に上がると知っているからです。
「業績悪化の責任を取って私の報酬を一部カットしますと言う社長が一番しゃくに障る。減俸が免罪符になると本気で思っているのか。死に物狂いでV字回復を果たしますと大きな声で宣言するのが、経営者というものですよ」
堀場さんの失敗談|「肩書なし・名刺なし」で大量退職寸前に
堀場さんが経営者として最も痛かった失敗の一つは、意外なところから来ました。
会社設立から5年ほどが経ったある日、社員の態度が怪しくなった。朝「おはよう、みんな元気か」と挨拶しても、何かイヤ〜なムードが漂っている。
原因を聞き出してみると「肩書」でした。
同期の友達が軒並み係長や主任研究員に昇進している。それなのに堀場製作所には組織がなく、誰にも肩書がない。さらに致命的だったのは名刺もなかったこと。「大学時代の同期連中が課長や係長になっていて、えらいショック受けたわ」「うちの会社は名刺もないからな。同窓会でめちゃくちゃ恥ずかしかったで」——こうした声が、堀場さんのいないところで持ちきりだった。
「肩書で不満が起きるなんて、完全にノーマークでした。むしろ僕は肩書重視の大企業を馬鹿にしていたくらいです」
解決策は即断でした。全員を課長に昇格させ、名刺を作った。
名刺に博士号を書けるよう、論文博士の取得も支援しました。これで職場がたちまち元通りに明るくなった。「今から思えばアホみたいな話やけど、あのまま放置していれば、続々と辞めていったはず」。
この経験から堀場さんは学びました。経営者は、社員が何に満足し何に不満を持っているかを常に感じ取り、カバーしなければならない——と。
堀場さんのこだわりグッズ
食卓のサーロイン・トロ・イクラ:90歳まで元気の秘訣を聞かれると「特別なことはしていません」と答える堀場さん。食事は食べたいものをただ食べ続けてきました。牛肉はヒレを絶対食べず、サーロインだけ。魚は脂の乗ったハラミが好物で、マグロはトロに限る。イクラや筋子、数の子に目がない。「過剰な我慢は良くない。体重が標準より多少オーバーしようが、おいしいものを楽しく食べて『今日も大満足や』と笑っているほうが健康にはいい」が持論です。
中学高校時代のラグビー部の記憶:「一生分に相当する過酷なトレーニングを味わってこりごりした」という理由で、体を鍛えたことは一度もない。毎朝プールで泳いだりジョギングをしたりする経営者はセレブだ、ベンチャー経営者には研究や資金繰りなどやらなあかんことが山ほどある——これが持論。ストレスを最小化することこそが元気の秘訣だと、90年の生涯を通じて証明し続けました。
堀場さんゆかりの地
京都府(創業の地・本社):1953年の創業から本社を置き続ける京都は、堀場さんの人生そのものです。仏具のめっき工場が世界最高水準の金めっき技術を持っていた——「世界中を探し回っても見つからなかった技術が、会社のすぐ近所にあった」という「灯台下暗し」のエピソードに象徴されるように、京都の職人技術と堀場製作所の精密技術は深く結びついています。
フランス・モンペリエ(堀場ABX社):医療用機器を生産する堀場グループのフランス子会社がある地。開発者の4分の1、50人がドクター(博士)というユニークな会社で、フランス人社員も「ホリバリアンの○○です」と自ら名乗るほど「Joy & Fun」の哲学が浸透しています。京都府知事が訪問した際に「どう教育すればフランス人にそう言わせることができるんですか」と驚嘆したというエピソードは有名です。
堀場さんから学ぶ、経営者への3つの教訓
1. 人間の能力を信じる経営が土台になる 医学を学んで「ロジックで割り切れない人間の神秘性」に気づいた堀場さんは、社員の潜在能力への絶対的な肯定感を持ちました。ネガティブ評価の廃止、情報の完全オープン化、愛情ある叱責——これらはすべて「人間はおもしろい環境に置かれれば無限に力を発揮する」という確信から来ています。
2. シンプルなルールが複雑な問題を解消する 労働分配率60%、役員賞与6%、配当30%。この三つのルールを決めただけで、組合との争いはほぼなくなり、「人が足りない」という不満も消え、社員は自ら付加価値を最大化するようになった。複雑に考えるより、納得感のある透明なルールを一つ作る方が、はるかに組織は動きます。
3. おもしろく働くのは工夫であり、社長の責任でもある 「この大変な時代に仕事を楽しめるか」と言う経営者は、自分の創意工夫が足りないだけ——これは手厳しい言葉です。おもしろく働ける仕組みを整えることは、経営者の義務です。そして社長自身が誰よりもおもしろく働く姿を見せることで、社員の仕事もおもしろくなっていく。
この記事で語りきれなかった堀場さんの魅力
著書『おもしろおかしく 人間本位の経営』には、まだ紹介しきれないエピソードが詰まっています。
たとえば税務署員を追い返した話。「何条の何やと言われて、その場で詳しい解説ができる税務署員は多くない」と問い詰め、「更正決定なし」の通知を勝ち取った快感。「それ以降、税務署は僕にうるさく言わなくなった」というオチも痛快です。
また、ある有名大企業がサンプルを渡したらライバル企業に横流しして半値で作らせた件への「仕返し」。世界で堀場しか作っていない計測器を「注文が立て込んでいて、納期が6〜9カ月かかります」と言ってやった——「ほんまは3カ月でできたんやけどね」というひと言が笑えます。
そして「週休3日制」の実現に向けた構想と、労働局に阻まれた顛末。「女工哀史の時代ならいざ知らず、現代の労働の大部分は労働時間と付加価値は比例しません」と主張し続けた先見性は、今の働き方改革議論に完全に重なります。
📚 おもしろおかしく 人間本位の経営(日経BP社)を読んでみる
まとめ|堀場雅夫さんが教えてくれること
物理学者として「すべてロジックで解決できる」と信じていた男が、医学を学んで人間の神秘性に気づき、経営哲学を大転換させた。役員全員の反対を押し切り、7年かけて「おもしろおかしく」を社是にした。
90年の生涯を通じて言い続けたのは一つのことです。
「人間は、おもしろく働ける環境に置かれれば、自分でも驚くような能力を発揮する」
脂身を削っても長生きしない。体を鍛えたことは一度もない。「お疲れさま」は禁句。それで90歳まで日本一おもしろおかしく働いた経営者の言葉は、理屈ではなく体験から来ているだけに、重みが違います。
参考文献:堀場雅夫『おもしろおかしく 人間本位の経営』(日経BP社、2014年)

