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齊藤寛|シャトレーゼ会長が語った「おいしくて安い」を実現し続ける経営哲学

シャトレーゼホールディングス代表取締役会長・齊藤寛さんの書籍『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』を紹介する記事のアイキャッチ画像

問屋の主人に、頭ごなしに怒鳴りつけられました。

1954年。山梨のぶどう農家に育ち、「日本一のぶどう生産者になるぞ」と農業試験場に通っていた齊藤寛さんは、弟が始めた焼き菓子店「甘太郎」の仕入れ代金の支払いに、問屋へ出向きます。手土産のぶどうの籠と遅れた支払いのお金を持って。

「これっぱかりの金額の支払いがこんなに遅くなるなんて、とんでもないことだ」

当事者でもなかった齊藤さんは、初対面の人間にこれほどの侮辱を受けるのははじめてでした。黙って頭を下げながら、どうにも悔しくて仕方がなかった。

「ようし、名誉挽回してみせよう。それには自分でやるしかない」

その日を境に、齊藤さんが「甘太郎」の経営を担うことになります。20歳。1954年(昭和29年)の船出でした。

本書『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』は、その甘太郎からシャトレーゼを育て、国内600店舗・海外110店舗を擁するスイーツチェーンに育てた齊藤寛さんが、87歳にしてはじめて語り下ろした一冊です。「特別な魔法を使ったわけではない」と本書のはじめにで語る齊藤さんですが、67年にわたって積み上げてきた知恵と哲学が、この一冊に詰まっています。


齊藤寛さんの基本プロフィール

氏名齊藤寛(さいとう ひろし)
役職株式会社シャトレーゼホールディングス 代表取締役会長
生年1934年(山梨県勝沼町・現甲州市生まれ)
創業1954年(20歳)。弟の焼き菓子店「甘太郎」の経営を引き継いでスタート
主な実績国内600店舗・海外110店舗のシャトレーゼグループを構築。工場直売店方式・ファームファクトリー構想・郊外ロードサイド型展開など独自の経営モデルを確立。無添加・減添加への挑戦、白州名水の活用などで「おいしくて安い」を実現
著書『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』(2021年)

「おいしくて安い」の種明かし——問屋に怒鳴られた日から始まった

本書のタイトル『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』について、齊藤さんははじめにで「最初に種明かしをしてしまうと」と切り出します。

「お客様はいま、何を望んでいるのか」を考えながら、一つひとつ実現させ、積み上げてきた結果です——と。

齊藤さんが心がけてきたのはただ2つ。「お客様の目線で考える」こと。そして「他人ができないと思うことにあえて挑戦する」姿勢です。

問屋に怒鳴られた20歳の青年が決意したのは、「立場の弱い側に回らない」ということでした。売り場を持たないメーカーは、卸す先に頭を下げ続けなければならない。「取引を続けたかったら、わかっているよね」という無言の圧力で、販売協力費という名目の寄付金を強要されたこともありました。

だから齊藤さんは、「頭を下げて注文をとる」営業をやめる道を模索し続けます。その答えが「工場直売店」でした。


工場が燃えた。弟が死んだ。両腕をもがれた先に見えた道

シャトレーゼの歴史に、順風満帆な時期はほとんどありません。

4月に勝沼の主力工場が全焼。新しい工場が完成してもテスト・ランをする間もなく操業を始めなければならない。熟練のパートが通えなくなって辞めていき、新人だけでできあがった商品はロスの山——そこへさらに、営業の要だった専務の弟が心臓病で急死します。頼りにしていた工場長もがんで逝き、経理担当の妹まで甲状腺がんで休職に入りました。

「両腕をもがれた思いでいたところ」——本書でそう表現した齊藤さんは、血尿が出るほど働き続けました。

しかし、どれほどのピンチでも、齊藤さんは「上を向く」ことをやめませんでした。

「こういうときこそトップがへこたれて、下を向いてはダメなんです。みんな社長の顔を見ていますからね。不安な気持ちというのは伝染します」

さらに、資金繰りに苦しむときにも、「萎れて頭を垂れている人に、銀行はお金を貸してはくれません」という信念を貫きます。齊藤さんはあえて大きなアメリカ車のリンカーン・コンチネンタルを買って銀行に乗りつけ、「いまはお金がないかもしれないが、将来を見ていてくれ」という心意気を示し、夢を語りました。

本書『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』には、こうしたエピソードがいくつも登場します。「強い気持ちが人を動かす力になる」——67年の経営経験から滲み出る言葉です。


こうした逆境からの立て直しは、齊藤さんだけの話ではありません。 他の経営者の事例もあわせて見ることで、より深く理解が深まります。


「買いに来てもらえばいい」——工場直売店という発想の原点

工場火災と相次ぐ不幸の後、シャトレーゼの商品が並んでいた小売店の棚は、他社の製品に置き換わっていました。

では、どうするか。

「頭を下げて注文をとるのは大嫌いなんです」と言い切る齊藤さんが辿り着いた答えは、逆転の発想でした。

「買いに来てもらえばいい」

営業が客先に出向くのではなく、客がこちらに来る。メーカーが問屋や小売店を通さず、自分たちが作ったものを自分たちで売る。工場直売店という発想です。

1982年、郊外のロードサイドに最初の工場直売店が生まれます。田畑の中にシャトレーゼの直売店が開店し、周囲が驚くほどの行列ができました。

この郊外直売モデルには、「おいしくて安い」を実現するための合理性が詰まっていました。郊外なら賃料が安く、大きな場所を確保できます。大規模商業施設や百貨店に支払うマージンが不要。問屋を通さないから中間コストがゼロ。誰に指図されることなく、自分たちが作ったものを「お値打ち価格」で売れる。

「宣伝にかける経費があるなら、その分お客様に還元したい」という考えから、テレビコマーシャルや新聞広告も行いません。それでも店ができれば口コミで人が集まってきた。宣伝費ゼロのモデルが、ここから始まりました。


名水との出会い——ファームファクトリー構想の誕生

1994年(平成6年)、シャトレーゼは山梨県白州に新工場を建設します。

この地を選んだのは、水のためでした。環境省の「日本名水百選」にも選ばれた白州の地下には花崗岩の地層が広がり、南アルプスに降り注いだ雨や雪解け水が長い年月をかけてろ過され、ほどよくミネラルを含んだ軟水が生み出されます。

「飲み比べていただければわかりますが、雑味がなく、すうっとのどを通り抜け、舌に残る後味の悪さがまったくありません」

この名水との出会いが、「ファームファクトリー」という構想を生みます。

ファームファクトリーとは、お菓子作りに必要な素材を農場・農園から直接仕入れて工場に送り、できる限りの新鮮さでお菓子にするシステムです。農場→工場→直売店を直結し、問屋も小売店も介在させない。中間コストをカットしながら、鮮度と品質を最大化する独自モデルでした。

このシステムが持つもう一つの強みが、「完熟」を使えることです。

一般流通の桃は、共選所のベルトコンベアーで転がされ、市場から小売店まで2〜3日かかるため、早採りのものしか出荷できません。しかしシャトレーゼは農場からダイレクトに工場に届くため、生産者が自宅で食べるような100%完熟のものを使えます。より香りが高く、おいしいお菓子ができる理由がここにあります。


原価率は業界平均より10%以上高い——「おいしくて安い」のカラクリ

「おいしくて安い」のなぜか、と問われたとき、齊藤さんの答えは明快です。

「原材料費は惜しまずに、おいしいものを作らなければならない。安い材料を使って値段を落としたり、おいしさよりも保存がきくことを優先させたりするのは、工場や売り手の都合。お客様が求めているのはそうではないのです」

シャトレーゼの原価率は、一般的な菓子業界の平均より10%以上高いといいます。桜餅に使う桜の葉は、輸入品の10倍の値段がする国産のオオシマザクラを使う。アイスにも賞味期限をつける(添加物を使わないため品質が変化しやすいことをお客様に正直に伝えるため)。無添加・減添加への挑戦は、創業当初からの一貫した方針です。

では、なぜそれでも安くできるのか。

「製造工程を機械化することで人手を省き、不要な人件費を抑える。問屋を通さず直販する。宣伝費をかけない」——コストを削るべき場所を徹底的に削り、原材料費だけは絶対に削らない。この一線の引き方が、「おいしくて安い」の正体です。


同じく「お客様の立場で考える」を徹底し、顧客満足で実績を積み上げた経営者もいます。


「儲かる」という字を分解すると——三喜経営という哲学

本書の中で、齊藤さんはこんな言葉を語っています。

「『儲かる』という字を分解すると、信者でしょう? シャトレーゼというお店を気に入ってくださり、ある意味信者といえるほどの熱烈なファンになっていただけたら、儲けようと思わなくても儲かります」

シャトレーゼの経営の根幹にあるのは「三喜経営」という考え方です。
顧客の喜び、社員の喜び、地域の喜び——三方が喜べる経営でなければ長続きしない、という哲学です。

フランチャイズのオーナー募集にあたっても、条件の第一は「シャトレーゼの経営理念に賛同される方」であること。「利他の心」を持った方、「三喜経営」に心から賛同してくださる方にこそ仲間になってほしいと、齊藤さんは語ります。海外出店においても、オーナー候補者が「自分のお金儲けばかりに関心が強い方」であれば、断ります。

「お客様はいま、何を望んでいるのか」を考え続けることが、67年間変わらないシャトレーゼの出発点なのです。


「夢のアイスキャンペーン」——広告費200万円で3万件の応募

シャトレーゼはテレビCMも新聞広告も出しません。しかし、「お客様とつながる」ことを諦めているわけではありません。

2010年代初期、「あなたの夢のアイスを募集します」というキャンペーンを実施しました。優秀賞に選ばれた作品を実際に開発してお届けするという内容です。

ところが、告知は店頭のチラシ配布だけ。1店舗あたり400枚、全体で20〜30万枚ほど。費用は約200万円でした。

結果は、約3万件の応募でした。

「一般的には、3万件の応募を集めるには数千万円規模のキャンペーンが必要とされます。それがわずか200万円、しかもチラシだけなのです」

広報担当者でさえ「あり得ない!」と思ったこの結果は、シャトレーゼに足を運んでいただいているお客様の熱量を示していました。お菓子という商品の特性もあるでしょうが、「おいしくて安い」に共感してくださったファンが、すでに全国に根づいていたのです。

この体験が、SNSの本格活用へとつながります。「まずはどんどんやってみよう」という社風と、ファンになってくださったお客様の存在が、予算も人手も限られた中でのSNS展開を支えました。


齊藤寛さんのこだわり

本書『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』を通じて、齊藤さんを経営者として際立たせてきた信念が見えてきます。

「判断の物差しは『三喜経営』」——顧客・社員・地域の三者が喜ぶかどうか。この物差しがぶれなければ、経営判断は迷わない。逆に言えば、三者の誰かが不幸になる判断は選ばない。67年間、この基準だけで動いてきたといっても過言ではありません。

「誰にでもできるならやらない」——本書の第5章に登場するこの言葉が、シャトレーゼの独自性の源泉です。他社が真似できることをやっても差別化はできない。「他人ができないと思うことにあえて挑戦する」という姿勢が、工場直売店、ファームファクトリー、完熟素材、名水工場、無添加という、業界の常識を覆す選択につながっています。

「困ったときこそ上を向こう」——工場全焼、弟の急死、工場長の死、妹の入院。それでも齊藤さんは社員の前で下を向きませんでした。「不安な気持ちというのは伝染します」という言葉は、経験から来ています。血尿が出るほど働きながらも、大きな車で銀行に乗りつけて夢を語る——その姿勢が人を動かし、組織を支えてきました。


齊藤寛さんゆかりの地

山梨県甲州市(旧・勝沼町、出身地):ぶどう農家の長男として育ち、「日本一のぶどう生産者になるぞ」と農業試験場に通った場所です。「ぶどう畑を過ぎ、桃畑を過ぎて通勤する」と本書に書かれており、今もシャトレーゼのお菓子の素材となる果物がここで育てられています。

山梨県北杜市・白州(名水工場の地):1994年に建設した白州工場の地。環境省の「日本名水百選」に選ばれた水を使うためにこの地を選んだことが、ファームファクトリー構想の起点となりました。南アルプスの雪解け水が花崗岩でろ過された軟水がアイスやゼリーの味を決め、サントリーが「白州」ウィスキーを作る蒸留所の近くにあります。

東京・銀座(新業態「YATSUDOKI(やつどき)」1号店):2019年9月に開業した、シャトレーゼの都市型高級業態の1号店。「シャトレーゼがあるのは本当に田舎か」と話題になるほど郊外展開を続けてきた同社が、「近くにお店がない」という都市部の顧客の声に応えて銀座に出店。多くのメディアに取り上げられました。


齊藤寛さんから学ぶ、3つの教訓

1. 「立場の弱い側に回らない」——川上に近づくほど自由になれる

問屋に怒鳴られた20歳の齊藤さんが学んだのは、「売り場を持たないメーカーは立場が弱い」という現実でした。そこから67年かけて作り上げたのが、農場→工場→直売店を直結するファームファクトリーモデルです。問屋も小売店も介在させないことで、値決めも品質基準も自分たちで決められる。「川上に近づくほど自由になれる」——シャトレーゼの独立性の根っこは、この原点にあります。

2. 「原材料費だけは絶対に削らない」——何を削り、何を守るかを先に決める

業界平均より10%以上高い原価率を維持しながら、宣伝費ゼロ、中間マージンゼロ、機械化で人件費を抑える。コストを削るべき場所と、絶対に削ってはいけない場所を明確に分けることで、「おいしくて安い」が両立します。「何を削るか」ではなく「何を守るか」を先に決めると、経営の方向性が定まります。

3. 「お客様はいま、何を望んでいるのか」——問い続けることが差別化になる

アレルギーを持つ子どもたちにもケーキを食べさせてあげたい。都市部のお客様にも届けたい。インドネシアでも安全・安心な商品を。齊藤さんの事業拡張は、常にお客様の声から始まっています。「経営の数字だけを見ていると、これは一番危険なやり方です」という本書の言葉は、67年間のリアルな経験から来ています。数字を追いかけるより先に、お客様が何を望んでいるかを問い続けることが、長期的な繁盛の条件です。


この記事で語りきれなかった『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』の魅力

本書『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』には、まだ紹介しきれていないエピソードが多くあります。

一つ目は、アレルギー対応ケーキ開発の苦労です。卵・牛乳・小麦粉不使用でスポンジを膨らませるために、大豆たんぱくと米粉を使って何度も試行錯誤。豆乳クリームの青臭さを解消するためにバニラフレーバーを調整し続けた末に完成した「乳・卵・小麦不使用ケーキ」の話は、「社員の提案から始まったプロジェクト」として丁寧に描かれています。

二つ目は、「日本で最も不細工なアイスクリーム、本日発売」という広報戦略の話です。見た目は不格好だが味は抜群という商品に、あえてネガティブなキャッチコピーをつけて発信したところ、話題を呼んで完売した実例が紹介されています。シャトレーゼらしくないこの発想が、「インスタ映えするだけの商品」へのアンチテーゼとして共感を集めました。

三つ目は、インドネシア進出の苦労です。人口の9割以上がイスラム教徒という特殊な市場で、アルコールと豚由来の原料を除いた商品ラインナップを揃えながら、一般市民には手が届かない価格帯をどう乗り越えるか——「価格のジレンマ」に向き合う場面が正直に語られています。

📚 [シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のかを読んでみる]


まとめ|齊藤寛さんが教えてくれること

20歳で問屋に怒鳴られた青年が、87歳になって初めて本を出しました。

「振り返る時間があるなら、もっとやりたいことがあります」——そう言い続けてきた齊藤さんが筆を執ったのは、シャトレーゼが国内600店舗・海外110店舗に広がり、「一緒にやりたい」と問い合わせが増え続けているからです。伝えるべきことがある、と判断したからです。

「お客様の目線で考える」「他人ができないと思うことにあえて挑戦する」——この2つの言葉は、シンプルすぎて見過ごされがちです。しかし、67年間変わらずこの2つを貫き続けることがどれほど難しいか、本書を読めばわかります。

本書『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』は、経営者だけでなく、ものづくりや商売に関わるすべての人に読んでほしい一冊です。ぜひ手に取ってみてください。


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参考文献:齊藤寛『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』